2011年04月29日

『艦船乗員の伝統精神』 − (15)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全 (承前)

      第一項 事前の準備 (承前)

 艦船出港前に天候静穏なる時、動もすれば其の環境に眩惑せられ油断を生じ、載貨に考慮を欠き、荒天に際会して危険に瀕する例尠からず。

 先年駆逐艦 「早蕨」 が台湾海峡に於いて顛覆沈没せしも、此の理由に当て嵌まる所が多分にある。

 艦船の移動物固縛と言う問題は昔より厳守せられたることなるが、近来は時化て来ない中は之を行わない船が殖えて来た様である。

 此事に関し先輩より教えられて居ることは、船は航海して居る以上何時、何処で坐礁又は衝突するかも知れない、坐礁すれば大体船は傾く、又衝突して浸水して傾く、傾けば移動物は一方に移動して船は益々傾き、各種の損害及び危険を伴う、其の時に至って急に固縛は出来ない。 故に天候の如何に拘らず移動物は事前に確かり固縛して出港するのが船乗の嗜であると言うのである。

 其の他流速大なる港湾に碇泊中の艦船は、絶えず他船の運動に注意し、衝突の危険ありと認むる時は迅速に錨鎖を伸し臨機の処置を講じ得る準備を要するとか、船舶の運航頻繁なる所に繋泊する船は、他船の近接に対し急速防舷し得る準備が必要であるとか、種々注意されて居ることは沢山あるも、之を実行して居る船は甚だ少ない。 之が為め損害を蒙って居る例は非常に多い。

 明治43年鈴木貫太郎大将が 「宗谷」 の艦長として呉淞を出港するとき、運動の命令に無理ありし為、「宗谷」 は回頭の際圧流せられ、其の横腹は刻々下流に錨泊中の 「千歳」 に接近し、あわや衝突の危険に瀕せる時、「千歳」 の前甲板には艦長並びに当直将校が立ち、作業員を配し捨錨準備が完成して居った。 此の状況を艦橋より目前に見下した時、誠に敬服の念に打たれたことを今直明白に記憶して居る。

 次に事前に関連して特に海上勤務者にとり必要なることは、時間の余裕を見積ると言うことである。

 昭和8年某船が針尾瀬戸に於いて触礁せるは出港時刻に余裕なく風浪の為速力減少したので潮の好時機を失したためであると言う。

 大正11年軍艦 「新高」 がカムチャッカ西岸に碇泊中、暴風の為覆没し生存者僅かに16名に過ぎざりし事件は、事前の準備に余裕を取らざりしものにして、彼の時出港し得たりとすれば其の難を逸れ得たらんも、汽醸が間に合わざりしと言うことである。

 時間の余裕と言うことは、啻に艦の保安に関するのみならず、日常生起する総ての作業に必要なる条件にして、船乗には当面の状況並びに作業の難易を事前に看破する眼力が必要である。

 此の眼力無き為作業に着手して後仕事を急ぐ結果、当然履行すべき手続を省略し、或は作業に無理を及ぼし各種の失敗を招致することになる。

 例えば、風潮の影響大なる時、揚錨出港に当り時間の余裕を見積らざりし為、抵抗多く揚錨機に無理を及ぼし、驚いて機械を休め或は静かに運転せんとするも、時刻切迫し遂に機械を焼損し、出港を遅延せしめ累を艦隊全般に及ぼしたる例あり。

 其の他周密なる計画の下に慎重なる操艦を行わず、行当りばったりの結果重大なる事故を惹起したる例甚だ多し。 誠に事前の準備は作業を安全に導く第一歩なりと言うことが出来る。
(続く)
posted by 桜と錨 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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