2011年04月25日

『艦船乗員の伝統精神』 − (14)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

    第一節 安  全

 作業は其の大小に論なく絶対安全を第一義とし、聊かも人命に危害を加え又は物を毀損せざることが大切な要件である。

 然れども海上作業に於ては寸時を争う突発的の境涯極めて多く、安全々々と言っては何事も手が出せないのであって、安全第一主義を穿き違えて引込思案に陥らざる様一層の警戒を要す。

 故に海上勤務者は特に鋭い目 (キーンアイ) の涵養に努め、概ね下記事項の修練と躾とを怠らざる様注意することが肝要である。


      第一項 事前の準備

 作業を行なうに当たりては事の軽重に論なく事前に周到なる研究調査を行い、正鵠なる胸算を立て確信を以て作業を遂行し、常に成果の万全を期すると言うことが安全を確保する要件であり、又其の習慣が其の人を 「シーマンライク」 に仕立てる根本義であると信ずる。

 故に、何事の按劃もなく漫然と只作業を行って居る様にては幾年経過するも何等の進歩もなく各種の失敗を繰返すに過ぎない。

 一例を挙げれば、「荒天に際し安全を期する要訣は、事前の準備を完全にして荒天を待ち、積極的に荒天に打勝つに在り」 と言うのである。

 昭和2年艦隊が厦門碇泊中、強風と潮とが一致せぬ為走錨の虞あり、多くの艦船が錨鎖を延出せるに拘らず、此の準備を怠りし駆逐艦は、走錨して隣艦に触衝し、其の艦の錨鎖を切断し錨を亡失して居る。

 昭和9年9月大阪港を襲った台風は未曾有のものにして、港内の大小船舶は殆ど総て坐洲、沈没又は危険の状態に頻したりしも、只一隻 「錫蘭丸」 は前日より上陸を止めて安全なる浮標に繋留換を行い、荒天に対する準備を完成し荒天を俟って居った為、全く無難に済みしと言う。

 此の美談は当時紙上にも掲載された有名のことにして、畏くも天聴に達せりと言う。 右は船乗として当然為すべきことを実行したるに過ぎず、海軍としては別に不思議とは考えられざることなるが、なかなかそう行って居らぬことを残念に思う。

 即ち、大正9年呉軍港にて首尾繋留中の某駆逐艦が荒天の為艦尾索が切断せられ艦尾が擱坐せるが、之は単に天候回復すべしと軽信し、午後一人の保安上適当なる将校を残さず上陸した為と言われて居る。

 又大正13年別府在泊の駆逐艦が坐洲せる時にも荒天前なるに拘らず、幹部は殆ど上陸した後であったと言うことである。

 斯の如き例を示すは誠に忍びざる所なるも、苟も、陛下の軍艦を守っておる吾々軍人の大いに三省すべき問題であると思う。

 又事前の準備と言うも作業の種類に依りては当時の環境に捉われることなく、先々の状況変化をも能く洞察し、各種の異変に即応し得る様安全にして確実なる方法を講じ置くべしと言うことは、昔より戒られたることにして、海上勤務者の特に注意を要する点であると思う。
(続く)
posted by 桜と錨 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/44540115
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック