2011年04月21日

『艦船乗員の伝統精神』 − (13)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第二章 海上作業の要訣 (承前)

 又下士官兵の日常作業を見るも、只形式に流れ、或は無意味に行なって不思議にも思って居らぬ例が甚だ多い。

 例えば、滑車の 「フック」 に安全止 (ラシン) 一つやるにしても其の目的は 「フック」 の開かんとする弱点を補う為にやるのか、又 「ブロック」 の跳躍を防止する為にやるのか、何の区別もなく只安全止をやれと言うからお座なりにやるに過ぎない。

 尚重大なる作業に於て、安全を期する為には 「フック」 の代りに鉄枷又は縫着を必要とすることも考えるだにせぬと言う状況にして、多くが形式に流れ或は形式をも知らず、遂には之を軽視し単に常識として片附くるに過ぎない。

 故に如何に簡単なる作業と雖も之を軽視することなく、常に運用術の本義に添う如く教え導き、乗員をして正しき作業を履行せしむることが術力向上の大切なる要件である。

 先年も長江で坐州した 「浦風」 を引卸すとき浮標索を附せずして錨を失い、又は新品の六吋及び五吋鋼索を解くにも、教範通りに行えば簡単に済むものを、只持寄りの常識にて行ない、「浦風」 の甲板上を大きく廻しても其の撚れ甚しく、遂に作業を甚しく遅延せしめたりと言う報告が救難隊指揮官より来て居る。 (注1)

 又先輩はこういうことを言っておる。

 海軍には自分の仕事を曲りなりに何うかこうか行なってゆける人は随分沢山あるが、十分なる余裕を持ち絶対安全に然も経済的な遣り方をする人は甚だ稀であって、其の原因は何処にあるかと言うに、

 (1) 注意と研究の足りないのに万事を安く見縊ること。
 (2) 経済の観念の足りないこと。
 (3) 自信なく常に 「ダロウ」 と言う曖昧な考えで作業に当ること。
 (4) 小事と見ては侮り、大事に会して怖れること。

 の四つに帰するものと教えて居る。

 要するに、運用作業は安全と経済とを離れては全く価値の無きものにして、如何なる作業に対しても心の準備を確かりとして置けば、当面の変化に応じ臨機応変すらすらと仕事が捌けると言うのであって、所謂、「運用の妙は一心に在り」 とは此の辺の妙諦を謡ったものと思う。
(続く)

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(注1) : 例えば、昭和9年に制定された 『運用作業教範』 (達149号別冊) では次の様に規定されています。


    「 第484 新しく受入たる鋼索を解くには枠入のものは枠の中心に心棒を通し軸受に載せて枠を廻転しつつ索端より引出し環状のものは麻索と同一方法に拠るか或は其の環状の儘転がしつつ解くものとす 然らざれば 「キンク」 を生じ又は過度の撚を与え若くは撚を戻し遂には処置に窮するに到るべし 」

本項での事例は、まさにこの手順を遵守しなかったがための典型的なものです。



posted by 桜と錨 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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