2011年04月19日

安保清種の砲術 (8)


十九、由来飛行中に於ける長弾運動は孰れも其弾軸と弾道切線と或る角度をなし遠きに従って其角度を増し弾頭の画く軌跡は恰も延伸せる 「スパイラルスプリング」 様の形状を呈するものにして弾長の大なるに従って弾丸銃身周に於ける曲線旋動の度は自から増加するを免れずとせば我鍛鋼弾の如き弾長大なるものは遠距離に対し能く其弾軸を正当なる方向に維持し得べきや否や聊か疑なき能わざるなり

旅順及浦潮の間接射撃に於て我十二尹及八尹砲弾の爆裂せざりしものありしと言うが如き 8月10日の海戦に7千内外の距離にて 「アスコリッド」 命中したる我8尹砲弾が爆裂せずして其儘石炭庫に存留せりと言うが如き

将た今回の海戦に於ても捕虜将校 (旗艦 「スワロフ」 の参謀長並に砲術士官なりと言う) の語る所なりと言うを聞くに我砲弾の中に著しき長口径弾ありて其命中せる場合には同じく爆裂したれども其飛来の状態は恰も跳弾の如くにして明らかに他と区別し得たりしと言うが如き

果して然りとせば我鍛鋼弾は7、8千以上の距離に於ては命中弾の幾分は或は爆裂せずして了るものあるやを疑わざるを得ず

尚斯弾飛行にして斯の如き現象あるとせば徹甲弾と同一縦尺を以てしては命中に少なからざる影響を及ぼす患なしとせず造兵上特に講究を要すべき処にして唯だ遽に其長弾を短くするが如きは徒に鍛鋼榴弾の本能を減却し去るに過ぎず此辺の所深く当局者の考慮を切望するものなり

我徹甲榴弾の装甲板に対する効果は不明なれども徹甲実弾を必要とせざるや否やに就き併て講究を望む


二十、海戦後検査したる所によれば後砲塔12尹砲身は約3ミリ呉製6尹砲身は約2ミリ其内筒の砲口の方に延長したる実跡あり

右は何れも本年1月呉工廠に於て換装したるものにして新砲を以て多数の発砲をなす時は其内筒の延出は或は免れざるものならんか


二十一、6尹砲砲尾腕の予備は14門に対し3個あり 従来装載の安社製砲に対しては孰れも適合したりしが本年1月換装したる呉製砲7門に対しては一つも適合せず

依て同4月工作艦関東丸に依頼し内1個を呉製砲に嵌合する様摺合せを施したれども呉砲の用に適合するもの必ずしも其乙丙に適合し能わざるを発見せり 斯りては呉砲の6門は全く砲尾腕の予備を有せざると同様にて準備上頗る遺憾なき能わず

多数の製作に際し各部厘毫の差異は固より免れざる処なるべしと雖も斯種の如き尾栓装置の緊要なる部に対しては造兵上一層の注意を切望するものなり


二十二、「ボートデッキ」 12听砲の準備弾薬にして其甲板に併列しありしもの10個は敵弾命中のため悉く誘発せり 然れども其位置に直接せる6ミリ鉄板の 「ロッカー」 内に格納しありし12听準備弾薬10個は 「ロッカー」 の壁板甚だしく破られたるに拘わらず毫も異条なかりし 12听砲準備弾薬格納用鉄 「ロッカー」 の設備は最も其必要を見る


二十三、6尹砲廓天蓋に敵6尹弾の命中爆裂するや其直下1米突半に準備しありし廓内後壁弾台の鍛鋼弾3個 (各430ミリを隔つ) や装填のため3番砲手の抱き居りし鍛鋼弾1個は1米突乃至4米突の距離に吹飛ばされ其導環は孰れも離脱し弾頭弾底の一部に欠損を生ぜしものありしも一つも炸発を起さざしりは幸なりし

然れども危機は真に一髪の間を存せざりしものにして曩には蔚山沖海戦に痛惨なる磐手の一例あり 今回の海戦に本艦に於ても上甲板砲廓の天蓋を破られしもの3弾に及べり

司令塔、砲塔、砲廓の如き主要部の天蓋は充分の防御を必要とするは既に吾人が屡々唱道したりし所にして少なくも新艦に対しては其断行を切望するものなり


二十四、本艦に於て防御部の外側に敵弾を被りしは12尹砲弾2発6尹砲弾5発にして12尹弾は孰れも5千内外の距離にて下甲板6尹甲鈑を貫き背後の石炭庫に其破片を留め6尹弾は5500乃至5800の距離に於て1弾は前砲塔外鈑に他の4弾は中甲板6尹砲門付近に命中し孰れも貫徹せずして其儘外側に炸発したるものなり

従て6尹以上の備砲にして敵弾のため廃砲に帰したるは砲鞍耳に直接命中を受けたる10番6尹砲1門のみに過ぎざりしと雖も外側炸裂、跳弾破片等のため砲身に多数の微痕を被り若しくは照準器砲具等を毀損せられたるもの6尹砲6門の多きに及べり

敵にして若し我下瀬弾の如き強猛なる高勢爆裂弾を使用せしものとせば我備砲は6尹砲以上のみにても恐らく半数以上の廃砲を見るに至りしこと推するに難からず 其他船体部に於ても彼我其位置を換ゆるとせば其災害の程度実に惨憺たるものありしを疑わず 将来の造船造兵に就ては深く戦利艦の被害程度に鑑み周到なる講究を重ねて高勢爆裂弾に対する船体兵器の防御に充分の改良刷新を施すこと最も緊要なりとす

各国に於て高勢爆裂弾の研究益々発達したる暁に於ては交戦未だ幾何ならずして忽ち沈黙に帰するが如き多数の備砲あらんより寧ろ幾分の砲数を減ずるも砲身孔、砲身の間隙、砲座の天蓋等其他充分の防護を施し長く交戦に堪える兵装を備えるを反って得策とするに至るべし


二十五、今回の海戦に於て敵装甲艦が砲弾のため比較的容易に沈没したりしは交戦距離比較的近くして我砲火の効果極めて確実偉大なりしに因るや固よりなりと雖も敵艦が石炭其他を過度に増載して常用水線以下に没し居たると当日風波高くして乾舷の較や低き部に穿たれたる弾孔は著しく浸水の媒をなしたるとに帰するを得べきが如し

現に我艦船に於ても水線付近に被弾して浸水のため甚だ困難を感じたるもの少なからざりしを思えば将来の新戦艦には下甲板 「シタデル」 甲鈑を前後に拡張して水線帯甲の上部に更に 「コンプリートアーモアベルト」 を装着すること得策に非らざるか

然れども我速力の彼に比し概して優越なりしは今回の海戦に於て戦略戦術上至大の効果を奏したるものにして今後益々之が増進を図るの必要あるを以て速力の幾分を犠牲として装甲に充つるが如きは断じて不可なり 其辺の処深く当局者の考慮を切望す


(この項続く)

posted by 桜と錨 at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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