2011年04月17日

『艦船乗員の伝統精神』 − (12)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)


  第二章 海上作業の要訣

 運用作業の技倆方法等に関しては運用作業教範に明示してあるを以て之を略し、本項に於ては海上勤務者として作業遂行上特に必要と認むる注意事項を説明せんとす。

 前章に述べし如く、運用作業は海員の常識とのみ考え研究努力を怠る結果、著しき進歩も無く再三同様の失敗を繰返して居るに過ぎず。 然らば、艦船乗員は果して運用術の常識があるかと言うに、到る所に非常識とか海員の無智とか言う問題が曝露されて居ることを遺憾とする次第である。

 昭和2年某戦艦に在職の頃、佐世保軍港にて前後繋留をなせし時、当直将校数人に対し次の様な質問を試みたことがある。

 (問) 正横後4点より強風が来て艦尾繋留索が切断せば如何なる処置をとるか。
 (答) 船は風力に依り自然に回頭して風に立てて置きます。

 右は陸上の人の常識であって、船乗としては甚しい非常識である。 艦長に代わって船の保安を双肩に担った当直将校の回答としては驚かざるを得ない。 直ちに荒天処置に対する注意を申継簿に加えたことがある。

 即ち、斯る時艦尾索が切断すれば艦は一旦前方に圧流せられ、艦首材を以て繋留錨鎖を挟むか或は錨孔 (又は索道) にて錨鎖に急折作用を起し、錨鎖は艦の 「モーメンタム」 に耐えずして切断の虞あること前例に徴して明かなり。

 故に艦尾索が切断するや機を逸せず前部の繋留錨鎖を縮める暇なき時は増舫索 (ましもやい) を縮め、艦首が風向に立つに及んで徐々に之を伸して錨鎖に負担せしむるのが普通である。

 本件は簡単なる如く見ゆるも、実際に処しては相当に困難なる作業にて、不断の研究に基き心の準備無くんば、徒らに狼狽するに過ぎないと思う。
(続く)
posted by 桜と錨 at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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