2011年04月12日

『艦船乗員の伝統精神』 − (11)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第一章 海上勤務の特殊性 (承前)

    第九節 外力の征服

 海上勤務者にとり特に考慮を払わざるべからさることは、外力の影響なり。 之の研究予測の不用意に依り折角の按劃も徒労にきし、或は図らざる危険を惹起したる例尠からず。

 故に海上勤務者は、風潮波浪等に対する不断の研究と体得とに努め、常に之等を征服し得る信念を保持すると共に、更に進んで之を有利に活用する域に達することが肝要である。

 艦艇の横付、又は発着等に際し、外力の影響を利用すれば操縦も作業も極めて容易なるに拘らず、反って外力に征せられて種々の困難を生起し或は危険に瀕すること多きは、吾人の常に耳目にするところであって、短艇にて綱索一本運搬するにも風潮を利用すれば作業極めて容易なるが如し。

 尚外力の利用に伴い凡ゆる物の活用に努め、作業を有利に展開せしむることは吾人の日常考研し置くべき緊要の事項にして、之を等閑に附する結果、応用も進歩も低下し、海上独特の運用妙味を発揮する能わざるに至る。

 例えば、風潮の順なるとき浮標に繋留せんとする際、先づ投錨して艦を自然に回頭し、然る後舫索をとれば作業極めて容易なるに拘らず、投錨を無精し、派手な繋留を企図したる結果多大の時間を浪し或は艦を危険に導くと言う例甚だ多きは、物を活用し外力を利用すると言うことを忘れるからである。

 外力の征服並びに活用に関しては、吾人の常に研究実行を必要とすること勿論なるも、技倆以上に之が征服を企図することは、大切なる軍艦を取扱う吾人にとり更に考慮を要すべきことである。

 例えば、猛烈なる逆風に入港し、自信なくして出船に繋留を企図し回頭中、他艦に圧流の危険を醸成するよりも、沖合いに投錨して入港を見合せ、或は一旦入船に繋留し置き、天候恢復の後港務部等の助力により出船に繋留換えをなす方、遥に優れるが如し。

 又偉大なる外力に際会し之に逆うことは吾人の最も警戒を要すべきことにして、徒らに船体船具を毀損し、或は人命を失い、或は艦自体を危険に導く等被害多くして得るところなし。

 彼の漁船が荒天中船首より錨及び錨鎖を垂らし、汽機を停止し、波のまにまに漂泊し安全を期し得る所以は、外力に抵抗せざる為にして、艦船に於ても 「シーアンカー」 の有効なることは経験より立脚し昔より伝えられたる緊要の教示なるも、近代之等を顧みず研究実行の途に出でざるは、最も遺憾とする所なり。
(続く)
posted by 桜と錨 at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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