2011年04月01日

『艦船乗員の伝統精神』 − (7)

著 : 坂部省三 (元海軍少将、海兵37期)

  第一章 海上勤務の特殊性 (承前)

    第五節 沈着と機敏

 総て作業を行う場合、指揮者は常に沈着に構え、心を冷静に保たなければならないが、之が為率先窮行の敏捷性を欠き、或は勇断決行の機を逸しない様特に注意を要する。

 蓋し、海上作業に於ては、巧緻と言うよりも拙速を尚ぶ場合屡々起こり、あっと言う間に取返しのつかない様な事態に陥ることが多いからである。

 又妄りに拙速に近寄り過ぎると当然踏むべき手順を省略し、遂には運用術の常規を脱し、往々不慮の災禍を招くことあり。 之れ亦注意を要することである。 殊に兵に対しては、日常機敏性に対し充分の訓練を進め置く必要あり。

 昭和10年の春、軍艦 「神通」 が編隊航行中、無線通路にある糸屑が自燃し発火を起し、「テレモーターパイプ」 が熱して、舵故障となり列外に出づるの己むなき状況に至れり。

 此時総員配置に就け消火に努めたりしも、通路入口の狭さと有毒瓦斯と煙の為、誰が行っても火を消すことが出来ない。 此の時運用科の先任下士官は率先其の難に赴き一人にて消し止め得たと言う。

 又別に後部の倉庫にて吊光弾が燃焼を始めたる時、甚しい有毒瓦斯と濃煙とにて誰も手の下し様なかりしが、此の時も其の下士官は率先飛込んで行って毛布を以て燃えている箱を包み海中に投棄し、大事に至らずして事済みたりという。

 之等は沈着にして機敏なる適例にして、天性もあらんが平素の修練が然らしめたるものと思う。 乗員に対する貴重な教訓であると思う。
(続く)
posted by 桜と錨 at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 艦船乗員伝統精神(完)
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