2011年03月09日

『海軍電気技術史』 −(後)

 続きです。

 防衛庁版を作成した際に、名和氏自身による 『編纂当時を回顧して』 という一文が第2部の頭に追加されました。

 ご参考のために全文をご紹介します。 以下のとおりです。


      編纂当時を回顧して

 本海軍電気技術史の編纂が企図 (追記 (1) ) されたのは終戦後の混乱未だ去りやらぬ昭和20年秋の頃であった。

 当時は占領軍の指令が相次いで発布され、我国の将来に対する確たる目算等到底樹て得べくもなく物情騒然たる時代であった。

 このような時期に海軍の技術史の編纂が企図されたには自ずから幾つかの理由があったであろうが、その中には海軍の技術関係の仕事に従事していた人々(本電気技術史の場合は電気関係の人々)が分散してしまわぬ中に、その記憶が薄れぬ中に、又所要の資料が消滅せぬ中に、更には時勢の推移によって事実が歪められない中に速かに着手して正確な史実を残して置きたいと云う理由があった為である。

 編纂作業の本拠は史実調査部 (追記 (2) ) に置かれた。 編纂の作業が具体的に動き出したのは昭和21年2月初めであった。 記述の正確を期する為、執筆は当時連絡可能な旧海軍の電気関係 (一般電気、電波、有線、音響、磁気、電池等) の技術に直接携った担当者 (追記 (3) ) に依頼すると共に広く助言を求め、各種の資料も可能な限り蒐集の努力が払われた。

 又随時編纂委員会を開催し編纂幹事の外関係者の参集を求め執筆原稿を審議し内容の正確を期したものである。 従って記述されている史実の内容は高い正確度を有するものと考えている。

 当時、最も気を配ったことは、このような史実の調査や編纂の作業は勿論占領軍に対し特に秘密裡に行なわれたものではないが、記述の内容等が占領軍の何等かの忌諱に触れ、執筆者その他関係者に不測の事態を生ずることがあってはならぬと言うことであった。 当時は一般の郵便封書も占領軍の手によって開封検閲されることも度々ある時代であった。 従って執筆の依頗等は口頭により、又原稿の受領は手渡しとし、殆んど郵送によることはなかったのである。 遠隔の地に在住する人々に対しては委員長や幹事が直接現地に出張したことも屡々であった。

 昭和22年10月頃、編纂の作業は終了したのであったが、印刷する紙の入手も困難な頃であり、印刷する術もないところから、所謂藁半紙に謄写版刷りを僅かな部数、幹事等が自ら手刷りしたような次第であった。

 斯くて星霜を経る20有余年、その間は僅かに限られた範囲の利用に止まっていた。 防衛庁技術研究本部に在職中の松井技官から旧陸海軍の技術戦史的なものを集録したいとの意向を知らされ、昭和43年8月海藤雅美君を経て一部を寄贈したのであるが、この度防衛庁技術研究本部に於て史実の記録保全と更には故きを温ぬるの資料とするの意を以って本電気技術史を印刷に付せらるるの措置を採られたことは編纂関係者の洵に倖とするところである。

 茲に幾多の感概をこめて当時を回顧すると共に、この度の措置を採られた防衛庁当局に対し深く敬意を表する次第である。

     昭和44年3月

          海軍電気技術史編纂委員長
          元海軍技術中将 名和 武

 追 記

(1) 旧海軍の史実調査 (軍令、軍政、技術関係等の全てを網羅) の企図は昭和20年秋、旧海軍省の部局長会議を経、時の海軍大臣米内光政元大将の決によるものである。
 元海軍艦政本部長、海軍中将渋谷隆太郎氏が右の中、海軍の全技術史 ( 造船、造機、造兵等の全部門 を包含) の取り纏めを行なわれた。 本電気技術史はその電気編と称すべきものである。 取り纏められた全技術史は渋谷元中将の手元に保管 されている。
  尚、ここに印刷された電気技術史は、当時謄写版刷りされた原文のままである。 従って集約整理の余地を残しているものであることを附記する。


(2) 当時史実調査部 (部長、元軍令部第1部長、元海軍少将富岡定俊氏) は旧海軍大学内に在り、現財団法人史料調査会の前身とも称すべきものである。 当時同部の方々にも種々協力を得た。


(3) 本電気技術史の編纂に当り、執筆、助言又は資料の提供等協力された方々の主な氏名は次の通りである。 (氏名省略) 

 ( 太字 は管理人による )

 さて、皆さんはこれを読んでどう思われるでしょうか?

 旧海軍の電気技術関係者達が、当時の状況の中で後世にその記録を残すために最善を尽くしたと理解できます。 これは今日の私達にとっては全く頭の下がる思いです。

 そして、その上で

1.本 『電気技術史』 の原稿そのものは今現在どこにあるのでしょうか?

2.本 『電気技術史』 以外の、当時作成されたとする他の部門の原稿あるいはその印刷したものは今現在どこにあり、どうなっているのでしょうか?


1.については神戸商船大学 (現神戸大学海洋学部) 付属図書館の 「渋谷文庫」 に所蔵されている中に、本資料の 「袋 原紙」 として分類されているものがあります。 これがこの資料の原稿と思われますが、確認はしておりません。

 ただ、手書きの原稿にしては防衛庁版のタイプ印刷と比べて頁数が少なすぎるような気もしますが? どなたか同図書館で現物を確認して、ご教示いただけるとありがたいのですが ・・・・ (^_^;

 もっとも、防衛庁版がありますので、第1章以外は元原稿が無くても内容的には困りませんが。

2.について、全技術史の内、造船関係については牧野茂と福井静夫の二人によって昭和29年に 「日本造船工業会技術委員会特殊資料部会」 の希望者に配布されましたが、これを基にしたものが昭和62年に 『海軍造船技術概要』 として 「今日の話題社」 (当時の同社代表は戸高一成氏) より復刻されていますので、皆さんよくご存じでしょう。

( “復刻” と言うよりは、内容の一部に既に昭和29年の時から福井静夫の手が入っているようですが、どこをどの様に書き換えたのか明らかしていません。 牧野茂による同書の前書き及び緒言においては同氏も言葉を濁しています。 そして 元の原稿を書き換えた ことによって “牧野茂・福井静夫編” を主張しているようですが、私に言わせればとんでもないことで、貴重な史料の勝手な改竄 です。 艦艇研究家を名乗るならば、元の史料は元のままとし、その何処がどの様に自分の調査研究と異なるのかを明確に区別して示すべきであり、それが筋であり責任です。 本来の原稿は既にお話ししてきましたように旧海軍技術史の一部門として関係者によって作成されたものであり、福井静夫個人が作成したものでも、福井静夫個人のものでもないのですから。)

 また作成した全技術史の原稿を預けたとされる渋谷元中将の所蔵史料、そして同氏が中心となっていた「生産技術協会」が所蔵していた膨大な旧海軍関係史料は、機関関係を中心としたその一部のものが先の 「渋谷文庫」 として現存することは広く知られています。 しかし、ここにも機関と電気以外のものは無いようです。

( 渋谷元中将の死後 (昭和48年没) 「生産技術協会」 も自然消滅してしまったようですが、同時に同協会が所蔵していた膨大な旧海軍関係史料は、一部が先の「渋谷文庫」として残っていますが、その大部分は行方不明となったと言われています。 さて、これらはどうなってしまったのでしょう?)

 あと残るところは、上記の名和元中将の文言からすると、最も疑われるのが 「史実調査部」 の後身である 「(財) 史料調査会」 です。 そして福井静夫がここの理事であったことを申し上げれば、私が何を言いたいのかもう皆さんにはお判りいただけるでしょう。

 しかも、史料調査会の中の旧海軍関係史料を集めた 「海軍文庫」 は、その所蔵史料の全貌を一切明らかにしてきませんでした。 もちろん、史料調査会の職員など特別な極く一部の関係者を除けば、その史料が一般の研究者達に活用されることは全くありませんでした。

( 逆に、少なくとも福井静夫個人は、自分が集めた (手段はどうあれ) 史料と、管理者としてのこの 「海軍文庫」 の膨大な史料の両方を自由に使えたと言うことになります。)

 しかしながら、福井静夫が死去した翌平成6年、その 「海軍文庫」 の所蔵史料は同調査会の主任司書 (福井静夫の死後に理事?) であった戸高一成氏の手によってそのほとんど全てが 「昭和館」 に移され、同氏はその翌年同館の図書情報部長に就任。 そして更に平成16年には 「昭和館」 に移したその一部と 「海軍文庫」 に残った僅かなものは呉にある 「呉市海事歴史科学館」 (通称 「大和ミュージアム」 ) に移され、翌年戸高氏はそこの館長に就任したことは皆さんご承知のとおりです。

( もちろん、この呉の同館へは福井静夫の所蔵史料が遺族の手によって売却されていることもご承知のとおりです。 伝え聞くところによると2千万円だったとの話しも。)

 これら 「昭和館」 や 「呉市海事歴史科学館」 の所蔵史料の中に、残りの技術史の原稿はあるのでしょうか、無いのでしょうか?

 終戦直後に関係者が苦労して纏め上げた旧海軍技術資料は、一体どうなったのでしょう? なぜ残りの貴重な旧海軍技術史の所在が未だに公にされないのでしょう?

 名和、渋谷両中将を始めとして、説明責任を有する人達の全てが、皆その責任を果たして来なかったように思われます。 当然その中には福井静夫も含まれます。

 この海軍技術史の全貌もまた、このまま闇から闇へ永遠に葬られるのでしょうか?

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『海軍電気技術史』 −(前)

posted by 桜と錨 at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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