故福井静夫作成の 『帝国海軍艦艇一覧表』 です。

この資料の名前は皆さんよくご存じと思いますが、実際にお持ちの方は少ないのではないでしょうか? しかも約50年以上も前のもので元々がブループリントですから、もしお持ちの方でも既に感光して相当変色し、文字が消えかかっている頁もあるのではと思います。
この資料は、福井静夫本人の弁によれば、昭和27年に “ある必要上” があって作成したものとされています。 そして昭和36年に正誤訂正を行った後 “特定希望者” に配布したとされています。
なお、海人社からも 『世界の艦船』 誌上において何回かに渡って販売していたことがありますが、こちらは私自身は現物を見たことがありませんので、どの様なものであったのかは判りません。 (当時の物価からすると、ブループリントにも関わらず異常に高価であったことは覚えています。)

( 昭和30年代初期の 『世界の艦船』 誌上の広告より )
内容的には、今日においては既に各種出版物などで知られていることばかりですので別にどうということはありませんが、福井静夫の著作物という話題性の点では、古書店などで目にされた際には入手されておいてもよろしいかと。
何れにしても、本資料の第1頁目で福井静夫自身が次のように書いています。

で、その “決定資料” はどうなったのでしょうか? 結局のところ、平成5年に死去するまでの間、この一覧表さえ満足なものを作成しないままでした。 当然これは氏が公言した 『日本海軍艦艇総集』 の一番の基礎になるはずのものにも関わらず、です。
それどころか、例えば著名な艦艇研究家である田村俊夫氏によって 「秋雲」 を 「夕雲」 型とする間違いの決定的な史料を突きつけられてさえ、この一覧表の自らの誤り (多分単なる勘違い、写し間違いであったはず) を認めることはありませんでした。
もちろんこの 「秋雲」 については、田村氏の研究を待つまでもなく、旧海軍自身が、例えば次の様に 「秋雲」 は 「陽炎」 型であるとしていたにも関わらずです。

( 昭和6年内令79号 「艦船要目公表範囲」 別表4の3 昭和18年6月改訂版 より )
結局、福井静夫にとって本当のところは、旧海軍艦艇の真実などどうでも良かったのではないかとさえ疑いたくなります。
ましてやこの一覧表程度のものさえ完成しなかったこと一つをとっても、『日本海軍艦艇総集』 の刊行など単なる史料集めの口実に過ぎず、始めからそのつもりは無かったと言わざるを得ません。
この「艦艇一覧表」は2005年年始に再編公刊されております。福井氏夫人桃子さんの了解と協力を仰いで修正し主兵装と消息を加項され、現在も修正作業が行われ第5版に至っております。初版は呉市の「大和ミュージアム」に桃子夫人の指示で寄贈してあります。
修正作業は生前福井氏から委託されました。何とかこの意志を果たしたいと思っていますが、お力を拝借できたらと切に願います。
夕雲の件は原本通りとなっています。これは基本計画番号を基準にしているので。注釈をつけるのが正しいのでしょうね。
大変失礼いたしました。
>「艦艇一覧表」は2005年年始に再編公刊
そうですか。 書籍検索にも引っかかりませんので知りませんでした。
>現在も修正作業が行われ第5版に至っており
>お力を拝借できたらと切に願います。
それでしたら、この分野は私もご指導を得ております佐世保在住の田村俊夫氏の方が遥かに適任ですので、氏に声をかけられるのが最もよろしいかと存じます。
>注釈をつけるのが正しい
現在の修正版がどの様なものなのか拝見しておりませんし、また色々なやり方・考え方がありますので、端にいる私などがとやかく申し上げることでは無いとは思いますが、私の個人的な意見としては、同書は元の故福井氏の作成されたままを残し、それに総ての修正を正誤表の形なり注釈なりでその根拠を示しつつ付加されるのがよろしいのではないかと存じます。 さもないと、どこまでが故福井氏の認識であったのかが判らなくなって、元の文書の資料的価値から離れてしまい、別のものになってしまうと思うのですが ・・・・
それはともかくとして、これはこれで地道な作業を要する大変なお仕事と思います。 頑張って下さい。
>目的が違っていて私の艦艇研究の目録的な意味で
それは素晴らしいことですね。 こういうものは本当に細かい作業で根気のいることですが、是非頑張って良いものを完成させて下さい。
田村氏をご存じとのこと、それはよかったです。 氏でしたら信頼が置け、頼りになりますから。