2011年02月26日

『運用漫談』 − (50)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その17 (承前)

 艦船の壽命とは其の期間には一切の戦闘と難航海の要求に堪へる事を必要とする事を意味する。 即ち建造當時と同様の強度と整頓を要するのである。 前述の青年将校等の考では、只浮いて居て平穏の日に走る事が出来ればよい位ゐに思うて居る様である。 以ての外の心得違ひである。

 艦船は其の乗員に取つては依つて以て皇國を防護し、吾人一切の責務を奉仕する唯一無二の神聖なる殿堂である。 其の美化浄化は吾人が神に奉仕する必須任務であるのみならず、夫れに依つて初めて吾人の精神が美化され浄化されるのである。

 之を少しも考へずして艦船を一夜の露を凌ぐ下宿屋の如く考へ、又た自己の栄達の爲めの一時的腰掛と考ふる徒輩の何ぞ多きや、敢て苦言を呈する次第である。

 明治天皇が彼の明治二十六年に議会が海軍豫算を削減したる時に、御自から五年間毎年内帑金三十萬圓を割かれて戦艦 (「富士」 「八島」) の建造費に當てられ、同時に御日常の御調度を極度に御節的あらせたことは、周知の通りで洵に畏れ多い極みである。

 一天萬乗の 君が斯く迄も御心を傷められて出来た帝国海軍である。 夫れを何ぞや、自己の怠慢や不覚に依り或は腐蝕せしめ、或は破壊し缺損せしめて、上 陛下に對し奉り、下萬民に對して果して何の申開きがあるか、吾人の大聲叱呼して一般の留意を叫ぶは此處にあるのである。

 諸點検や巡視検閲等を以て形式的なりとして之を軽視するものが往々あるが、如何に形式的でも之に由つて艦船が整頓され、手入され、美化される効果の偉大なるものある事は識者の確認する處であつて、彼の毎夕行ふ軍事點検の如き之を励行すると否らざるとに依つて其の艦長の能否を判断する事が出来る。

 又た艦内巡視に當つても之を省略する事なく萬遍に行ひ、巡視を受くるものとして失望を感ぜざらしむるを要する事は衆知の事であるが、兎もすれば實行されない。

 右に就て自分の敬服してる處では上述の池田大佐が 「扶桑」 艦長たりし時の艦内巡視である。 大佐は巡視に一週間を要するとされてゐた。 毎日午前半日を巡視に當て、作業服を着けて艦底から石炭庫倉庫一切を巡視し、腐蝕部其の他を調査して之を手入せしめたのである。 自分は其の徹底振りには全く驚かされたのである。

 長官としての検閲は恒例検閲さへやればよいのであるが、自分は著任後は一應各部の巡視を行ひ、且つ年末に莅みて年末巡視を行ふ事としたが、長時日に亙る戦技訓練や演習を終りたる艦船は相當に整頓を乱だし、各部の手入不充分を来し居る事は當然であるので、之を整頓せしめ掃除せしめて引締りたる気分にて越年せしむる事は、各般の點に渉り最も必要と思ふのである。 當事者の留意を促がす次第である。


 運用漫談も一寸した気分から書き初めたが、意外に戸惑い、回を重ぬる事十七回に及び、兵学校の帆走稽古から艦隊作業や保存手入を経て、諸點検巡視まで済んだから、此の邊で御免を蒙むる事とする。

        運用漫談 (大尾)
posted by 桜と錨 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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