2011年02月17日

『運用漫談』 − (45)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その16 (承前)

 整頓と清潔に就てもう一つ注意すべきは美的観念である。

 倉庫係等は此の美術眼が必要である。 例へば此處に澤山の螺廻 (ねじまわし) がある、之れを仕末するに只並べて置くよりは、共の大小長短を利用して花模様にするとか富士山型にするとかして置く、さうすると、之を取り出したり又収めたりするものは、自然に其の美を破壊したく無くなり、所謂 「整頓を保たんとせば整頓を崩さゞるにあり」 が、文句を言はずして行はれる。

 清潔に就てもさうである。 如何にも美しいと言ふ様な感じを與へる様にして置くと、之を汚すのに非常に注意するのである。

 諺に濡れぬ先こそ露をも厭へと言ふ事がある。 美い着物の裾でも濡れぬ内は大事にするが、一度濡れると平気で露の中へ這入るものである。 船内の整頓も清潔も其の通り、吾人の節操も魂も亦其の通りである。 濡れぬ先こそ露をも厭へ、之れが清潔の根本である。 汚れる事混雑する事は右の如く傳染するが、清潔も整頓も亦た傳染するものである。


 第十一駆逐隊司令の時 (大正4年〜5年) である。 新造駆逐艦揃ひであるが、此の種の駆逐艦級には傳馬船が二隻宛備へ附けられて居た。 之れが汚れ易くて仕様が無いので、大に考へた。 そして其原因は塗方が悪いと言ふ事に気がついた。

 常時の塗方は規定に従ひ外側は総鼠、内側は総白で何等の美観が無い。 殊に其の外側には番號として大きな不細工な文字が書かれ、丸で廃船の様な風であつたので、自分はカッターの様に右舷の傳馬船の内側上縁に青線、左舷の傳馬船には赤線を入れ、番號を廃めて艦名に變へて見たのである。 さうすると大邊美しく見え出し、夫れから汚れ方がズット少なく成つた。 今日は多分之が塗り方となつて居ると思ふ、面白いものである。

 扶桑艦長時代である。 扶桑が出来上つたのは大正四年である。 自分が艦長となつたのは九年であるが、乗り込んで見ると其の穢い事と錆びて居る事に驚き副長を呼んで叱りつけた處、どうしても綺麗に成らぬと言ふ。 見て居ると成程勉強して居る、兵員は一生懸命である。 夫れで此の汚れる原因は何かを考へた。

 扶桑が出来上つて僅々五年餘である。 然るに其の上中板の梯子は全部銹が浮いて居る、之れはメッキが不十分であるからである。 依つて副長に梯子の鍍金の全部やりかへを請求せよと命じた所、請求は再三したけれども作業が大きく経費が重大と言ふ理由で却下される許りであると言ふ。

 ヨシ夫れなればと言ふので総員の手で先づ右舷側の上中甲板の梯子を全部外づし、滑止めの眞鍮鈑を脱し、脚部の腐蝕した處は銹を落して當金を加へ、夫れから造船部に行き、「片舷の全梯子を鍍金工場の鍋の側へ持つて来るから鍍金してくれ、鍍金が出来たらば兵員の手で取りに来る、夫れから後は全部艦員でやる」 と申込んだ處、夫れならば譯はないと言ふから、先づ右舷側を済まし、次で左舷側を済ますと、艦内は銀色燦然として輝き渡り所謂金殿玉楼と成つた。 さあかうなると働く兵員の心も輝き、他の各部が見る間に美化されてしまつたのである。


 第十一駆逐隊の時 (前出) である。 自分は僚艦横附けが好きである。 横附すると隊員全體が兄弟の様な気特に成り、従つて統御が意の如く成るものである。

 此の駆逐隊は新造揃ひである。 従つて手入法や整頓の方法が同型艦ではあるがまちまちであるから、横附けさせて置いて准士官や下士官をして順次に各艦を見学させたが、三人集まれば文珠の智恵で、優れた處劣つた處を見て研究し反省せしめて非常に得る處があつた。

 近頃の艦船は同型艦で一戦隊が出来て居る。 戦隊内で各艦交互に見学せしむると大なる利益があると思ふ。 お勧めする次第である。
(続く)
posted by 桜と錨 at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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