2011年02月13日

『運用漫談』 − (43)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その15 (承前)

 船堂生呉鎮守府奉職中 (呉鎮守府司令長官、昭和3年〜4年) の事である。 全國安全週間の日、工廠を巡視したが種々の警句金言が張られ、工場一般緊張の色漲り誠に見事であつたが、不圖気の附いたのは使用道具の揃へ方が、まちまちであつた事である。

 而して其の道具の揃方如何に依つて、其職工の能率と良否が判明する様覚えたので、巡視後、覚書として上記の次第を陳べ、尚ほ (一) 職工は就業の始めには先づ當日の使用機械と道具に對し御早ようと挨拶し、終業の際はお休みと挨拶すること。 (二) 就業の始めに常つては當日の事業を考へ、道具を如何に揃へ置くを便とするやを考へて之を揃へ、使用後は成るべく原位に戻す様にする事。 (三) 年末には半日を休んで道具祭りを行うては如何と注意したるに、當事者の共鳴を得たが、其年末に道具祭りの成績著しきものありたりとの報せに接した。

 呉工廠に於て今日上記三項が其の一部でも尚ほ行はれて居るや否や知るを得ざるも、職工は道具を以て働き、道具に依つて給料を得道具に依つて生活し、道具に依つて一家を保育し、道具に依つて國家に奉仕する事が出来るのである。 道具は職工存在を保證する神様である。 之を敬し之を愛して始めて優秀なる職工たるを得るのである。 最もよく鉋を磨くものは、最も秀でたる大工であるとは大工道の本領である。 俸給袋を手にせば萬事了れりとし、道具を工場の一隅に打捨て省みざるが如きは以ての外の心得違ひである。

 船堂生は常に思ふ、海軍のみならず、帝國一切の公私工場が年中作業の一として日を定めて荘厳なる道具祭りを行はんか、上下敬意の風、期せずして工場に満ち、罷工怠業の如き悪風は容易に一掃するを得べしと。

 又しても漫談が飛んでもなき横道に迷ひ込んだが、序でに愛と汗とを以て濁世を救はんとする修養團の二大誓願を掲げて参考に供する。 同愛の士日夕三唱されん事を望む。

       修養團二大誓願

     人よ醒めよ、醒めて愛に歸れ、愛なき人生は暗黒なり。 共に祈りつゝ総ての人と親しめ、吾が住む郷に一人の争ふものもなき迄に。


     人よ起てよ、超ちて汗に歸れ、汗なき社會は堕落なり。 共に祈りつゝ総ての人と働け、吾が住む里に一人の怠る者もなきまでに。


 自動車王フォードは可憐の新聞賣子から僅々半生の年月の間に、一躍二十億餘萬弗の長者と成つた。 成金の世界的レコードの保有者である。 彼れはよく廃棄されたる鑛山を買ひ、廃棄されたる鐵道を買収し、忽ちの間に之を有利繁栄の鑛山及び鐵道に化する魔術師的特技を持つて居ると言はれて居る。

 而して其の魔術の種は清潔第一の四字であると言ふから面白い。 廃鐵道廃鑛山を買取るや彼れの行ふ第一着手は、先づ其の事務所を整頓し掃除し、ペンキを塗換へ燦然たる美観たらしめる。 然る後は萬事は放てトントン拍子に好轉する、とは彼れの信條であり、彼れの成功の秘訣と成つたのである。 清潔なる哉清潔なる哉である。

 日本民族は世界に於て最も清潔なる民族である。 我が神道の禊祓の結びの句に「拂ひ玉へ清め玉へ」の祈詞がある。 船堂生は各種の宗教の祈詞を研究して見たが、何れも皆自己主義で自己の幸福安寧を祈願するのが普通であつて、「拂ひ玉へ清め玉へ」 ほど清き尊き祈願は無い様に覚え、神前に叩頭 (ぬか) づく時は拂ひ玉へ清め玉への外何事も祈らないのである。

 武士は腰刀の銹を以て魂の銹とし、貞婦は鏡の曇を以て貞操の曇とする。 是れは日本武士道の本領である。 前項に於て吾人は艦船兵器は吾人の傳家の寶刀であると言ふた。 之を保存し手入するは自己の魂を保存するので有る。 日課手入は自己の魂の日課手入である。

 神前に在りて拂ひ玉へ清め玉へと祈る心を以て、艦船の保存手入に精進し、清潔第一を以てモットーとせよ。 既に六根清浄の境地に達せんか、外国人フォードの教へを待つ迄もなく、艦船兵器の保存手入は自然に完成せざらんとしても能はざるものがあらう。

 斯く談じ来りて目下帝國海軍の艦船の現状に思を致すとき、訓練作業の猛烈繁劇なる事はさる事ながら、傳家の寶刀果して一片の曇なきか、聊か疑ひなき能はず。 切に反省を促がす次第である。
(続く)
posted by 桜と錨 at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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