2011年02月12日

加藤寛治の砲術 (8)


    射距離

一、八千米突以外に於ては発砲せざるを例とすと雖も指命砲火を試むる事在るべし但し十二尹砲は一万米突以内に入て試射をなす事在るべし


二、七千米突内外に於て砲種を指命し緩発射をなさしむるを例とす


三、六千米突以外に於ては急発射を行はざるを例とす


四、故障の為め艦橋或は司令塔より号令杜絶する時は砲台長は所信を以て下令し独断砲火の最大効力を期す可し


五、艦橋より令する射距離は六尹砲を基準とし弾丸命中の必すべき確信せる者を指示するを以て該種の砲に在りては随意に変更するを許さずと雖も他種の砲に在りては砲台長は其の性癖を鑑み是が修正をなす者とす


六、若し射手の性癖に依り自ら弾着の正中を期する能はざるを確信するものは照準するに当り現視点を加減して修正するを要す


七、砲台長の号令杜絶する時は砲台附将校又は射手は弾着に依り距離を修正する事を得


 海戦における砲戦距離は、日露戦争開戦前においては3〜5千メートル、砲戦開始時においては最遠距離でも6千メートル程度と考えられていました。

 これは明治36年に海軍大学校が作成した 『艦砲射撃要表』 でも明らかです。

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( 『艦砲射撃要表』 表紙   本家サイト所蔵史料より )

 この要表は、主として砲術長以上の指揮官、参謀用に作成された、ポケットブック式の見開きのもので、厚紙が裏打ちされています。 各種砲の簡易射表や、各種参考データ、距離苗頭簡易修正盤などがコンパクトに纏められている非常に便利なものです。

 そしてこの要表の 「常用射表」 の部は次のとおり射距離6千メートルまでしかありません。

youhyou_p4_s.jpg

 つまり、当時は艦砲の砲戦能力は勿論、指揮要具・通信装置なども併せて、これが限界と考えられていたことが判ります。 ただしこれは砲弾が届く届かないとか、威力が有る無いの事ではありません。 射撃計算を含む、射撃指揮上の限界ということで、これより遠距離では有効な射撃が期待できないということです。 そして陸上砲撃などで使用する遠距離用の射表は別頁になっています。

 しかしながら、37年8月の黄海海戦では、冒頭の接敵運動などに錯誤があり、それまででは考えられなかった遠距離で砲戦が開始されてしまった上に、結局近距離での決戦に持ち込むことができずに終わってしまいました。

( 黄海海戦での砲戦については、また別に機会を設けてお話ししたいと思います。)

 本戦策ではこの射距離について、黄海海戦での教訓が盛り込まれており、出来る限り砲戦開始は7千メートル以下、主たる砲戦は6千メートル以下で実施したいと考えていたことが判ります。

 つまり、『艦砲射撃要表』 にも見られる様に、開戦直前に海軍大学校などにおける砲戦距離の考え方が正しかったことが実証され、遠距離あるいは反航戦では有効な射撃が実施できる目途が立たなかったということです。

 余談ですが、日本海海戦劈頭におけるかの東郷ターンは、敵艦が8千メートルに近づいたから回頭したのではありません。 回頭し終わった時に敵艦が常用射距離一杯の6千メートルになるように回頭したのです。 しかも、丁字戦法で敵の頭を押さえる位置になるように。 結果は実に見事な、ドンピシャリの回頭だったわけです。 加えて、既にお話ししました様に、日本側が回頭中は日本側はもちろんのこと、ロシア側も有効な射撃が出来ないこと理解した上で。 このことが判っていないと、世間一般によくあるおかしな論評に繋がることになります。

( もちろんこの日本海海戦における東郷ターンと丁字戦法についても、何れ別の機会を設けて詳しくお話ししたいと考えています。)

    苗 頭

一、風力及敵艦の速力を艦橋より通告すると共に六尹砲に対する苗頭は戦況此を許す限り一切の諸元を修正したる決定距離苗頭を艦橋より示令す 其の他の諸砲に在りては別表 (省略) に依り六尹砲との対照差を改正し砲台長之を令す


二、複雑なる戦況に会対し同一なる射距離及苗頭を以て発射する事能はざる時は艦橋より中央部六尹砲に対する射距離苗頭を示令するを以て砲台長は其の他の者に対し適当の修正を施し之を指揮するを要す


三、操舵の際は艦橋より通告するを以て砲台長は適当の修正をなすを要す


四、射手の性癖に依り自ら弾着の偏位を来すと確信する者は多少の照準点を傾偏して修正するを要す


五、艦橋或は司令塔よりの号令杜絶する時は砲台長は所信を以て修正し全然是が指揮をなすを要す


六、砲台長の号令杜絶する時は砲台将校或は射手は弾着に依り是が修正をなすべし


 「基準砲」 の考え方、そしてそれに伴う各砲台、各砲における艦橋よりの射距離・苗頭の修正については、既にご説明してきましたので、更なるものはもう不要でしょう。

    目標の選択

一、最近距離の敵艦を目標となすを原則とすと雖も旗艦若くは最も我に危害を与ふる敵艦を目標と為すは又本職の希望なり


二、縦陣の敵に対しては我に近き先頭艦を目標となすを例とすと雖も彼我相反航する時は次第に目標を変更し以て最近艦を狙う者とす但し追越陣形には殿艦より始むべし


三、横陣の敵に対しては我に近き翼艦を目標となすを例とす


四、指示艦を照準する能はざる砲に在りては砲台長は前項の主旨に留意し適当の目標を選択す可し


五、敵の軍艦及水雷艇 (駆逐艦) に向て交戦するに際しては十二斤砲以下の砲を以て水雷艇 (駆逐艦) を砲撃するを例とす然れども水雷発射の有効距離内に入るに及では六尹砲は是に併用するものとす


六、敵の軍艦及水雷艇 (駆逐艦) に向て交戦するに際し艦橋より下す令は主として敵艦砲撃の必要なる者を令し水雷艇の砲撃に対しては重なるものの外専ら砲台長の示令を待つを例とす


 これもそのままお判りいただけると思いますので、特にご説明を要することはないでしょう。
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 11:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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