2011年02月07日

『運用漫談』 − (40)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その14 (承前)

 船堂生少尉の時である。 軍艦 「敷島」 回航委員の末席に加へられた (明治32〜33年)

 回航員は定員の三分の二に達せざる少数である。 其の上に英国著早々受取つた 「敷島」 の艦内の不潔な事、實に驚くべき有様で、甲板は泥と塵の踏み固められた約一寸厚さの汚物で覆はれて居り、汚い談だが下甲板の隅や、艦底等には、ウカとすると黄金佛の伏兵に足を拂はるゝと言ふ有様であつたが、受領後三ケ月足らずで日本に歸り、直に大演習に加はり、畏れ多くも 明治大帝の御召艦と成ると言ふので、此の 「敷島」 を清浄にし美化するに就ては、艦副長以下乗員一同の苦心と努力は豫想外のものがあつた。

 此の難作業の直接其の衝に當りたる副長井手鱗六少将 (海兵8期) の立てられた計畫は、(一) 艦内の整頓と掃除手入は総て副長之を司り、兵員全部と作業時間の全部を之に當てる。 (二) 総ての兵器と倉庫は之れを分隊員に渡すが、之れを整頓し手入する爲めにと言うて、別に作業時間も作業兵員も與へない。 然し分隊員は何人も皆完全に 「敷島」 を回航する名誉と任務を有するから、各自の努力に依つて其の重任を果すべしと言ふにあつた。 随分無茶な命令である様に見えるが、此の計畫は美事に成功したのである。

 當時艦内一般の兵器には半年間位ひは大丈夫と言ふ防錆グリースで塗り固められて居たが、其のグリースに就ては、「敷島」 の前に日本に回航した軍艦 「出雲」 が苦き経験を嘗めたものである。 「出雲」 は此のグリースを信用して、兵器には全く手を附けず、艦内諸手入に全力を注いで来た爲め、誠に美事な美しさで歸朝したが、グリースの効力全からず、筒 (「月」偏に「唐」) 中等に發銹し、長く砲員を苦るしめたものである。 此事は 「敷島」 回航員もよく聞かされて居たから、何とかせねばならぬと考へて居た。

 然るに副長の注文は前掲の通りであるが、事情又た止むを得ざるものがあるので、分隊員は副長に對し、必ず兵器は分隊員の手で立派に日本へ持ち還へる事を盟ひ、早速グリースを拭ひ去り、日中の休み時間は勿論、就寝後も起きて各受持兵器の手入をなし、受領當時は恰も豚小屋の観ありしケースメートは、忽ちにして洗ひ清められ、兵員相互間にケースメートには靴の儘入る事を禁じ合ひ、間も無くして共の甲板は甜めてもよい様に清浄にせられ、ウツカリ靴穿きの儘で立入らうものならばぶんなぐられ相な勢であつた。

 此の様な次第で、大砲等はピカピカに磨き上げられ、丸で鏡の様に輝き、艦内の掃除整頓も立派に出来上り、回航歸著の時は見る人をして驚かすに足るものあり、御召艦として十二分に任務を盡す事が出来たのである。 各自の責任を明かにし、自分のものなりと考へさすと、斯の如き好成績を挙げ得るものである。


 明治三十三年頃船堂生中尉で、佐世保水雷團第三艇隊の艇長心得 (注1) を命ぜられた時分の事である。

 當時の水雷艇には固有の定員なく、命課は総て隊の名に於てせられ、艇員は司令の命令に依つて定められたものであつた。 のみならず艇員は絶て陸上兵舎に起臥し、各艇には當番のもの丈けを配乗し置き、イザ出動と成ると、兵員はハンモックを持ち、士官は海圖を持つて乗込んだものであつて、此艇は自分のものだと言ふ感じが薄く、従て各艇の保存手人は誠に不十分であつたので、石田一郎司令 (海兵11期) 、山田亨司令 (東京商船学校) 、高松公冬司令 (海兵14期) 等相謀り、上司の許可を得て各艇の艇員を固定して艇内に起居する事にしたが、間も無くして艇内の整頓行き届き見違へる様に成つた。

 此れと相似た事が後年潜水艦の發達時代にも起つた。 初期の潜水艦は艦内狭隘にして居住出来兼ねたる爲め、母艦若くは防備隊に起臥したものだが、其後潜水艦發達して艦内居住可能なるに及び、艦内の保存手人等大に改善されたのである。
(続く)

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(注1) : 著者の経歴を見ると、この中尉の時は佐世保第一水雷艇隊、明治35年の大尉の時が佐世保第三水雷艇隊とされています。 誤植と考えられますが、詳細は不明でので、そのままとしております。


posted by 桜と錨 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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