2011年02月05日

『運用漫談』 − (39)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その14

 本年度 (昭和八年度) の国家総豫算は二十二億四千萬圓である。 其の内海軍費は経常臨時合計三億七千萬圓、陸軍費は四億五千嵩圓にして、国防費は両者合計八億二千萬圓の巨額に達して居る。

 此の世智辛ひ世の中で、此様な莫大なる費用を投じて行ふ帝国々防の眞の根幹は、何と言うても海軍艦船兵器の精鋭充實にある。

 従つて是等艦船兵器の保存手人の重任に當る海軍々人の任務の重、且つ大なるものあるは言ふ迄も無いが、果して如何程の注意と努力が拂はれて居るか、敢て数字を掲げて留意を喚起する次第である。

 日本武士道の傳銃的精神の中に、傳家の寳刀を大切にし、其の精美を以て誇とし、何を措いても此れ丈けは錆びさせないと言ふ精神がある。 吾人海軍々人に取りては、艦船兵器は即ち傳家の寳刀である。 昔の武士は刀の鯉口を鏡として髯の解れを正したものである。

 吾人は各自のお預りして居る兵器を磨き立て、鏡の様に保存するを以て何よりもの誇とせねばならぬのであるが、現在吾人は果して何程の精神を艦船兵器の保存手入に打ち込み、之れが爲めに何程の努力を拂うて居るか。

 艦船乗員の二六時中の業務は数時間の教育訓練の外は、総て此の艦船兵器の保存手入に費やされ、日課作業として海上生活の本體となつて居るのであるから、敢て不足を言ふべき限りでは無いが、既に日課事業と成つて居るので自然に慣れることに成り、其の精神を忘れて形式的に走り、保存手入の實を十二分に挙げ得ざる恨みなきにしも非ずと思量さるゝ故、以下保存手入に就き漫談を試みることゝする。

 保存手入に関する心得に就ては兵学校、運用学校 (注1)、機関学校等の教科書の外、種々の出版物があるので、茲には只船堂生の體験に就き思ひ出づる儘に書いて見る。


 艦船兵器を自己の傳家寶刀と心得よと言ふた。 又た御上のものを自分の所有物の如く大切にせよと言ふ訓示は度々聞く處であるが、之に對して自分のものと心得よと言ふは以ての外の不都合である。 御上のものであればこそ自分のもの以上に大切にすべしと心得よと言ふのが本當であると言ふ人がある。

 誠に尤も至極で、殊に一切を国家に捧げるを本領とする吾人海軍々人に取りては、全く一言無い處である。 併し悲哉、人間は利己本位の動物である。 自分の物と思へば大切にするが、公のものと言へば粗雑にする弱點がある。

 比較は聊か非倫の嫌ひはあるが、彼のマルクスの共産主義が事實上共殺主義に堕し、露国の 「共働農業組合」 政策が全然 「共不働農業組合」 と成り畢つた事は、全く此の利己的本能の典型的事例である。 注意すべきは實際と理論の相達である。
(続く)

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(注1) : 海軍航海学校、砲術学校、水雷学校など、それぞれ担当する船体・武器・装備機器についてその運用法 (操作取扱・保存整備) を教える術科学校のことを指します。 「海軍運用学校」 というのがあったわけではありません。


posted by 桜と錨 at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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