2011年01月31日

加藤寛治の砲術 (2)

一、一砲門の弾着を以て射距離を修正するは遠戦に於て甚だ不確実なり 十日第二期交戦の半ばに於ける如き 「スウエル」 ある場合に於ては殊に甚しとす


一、距離決定は最遠距離にあらざる限り六尹砲台の斉射を以て三門以上の弾着に依り定むるを最良とす


 これはつまり、黄海海戦の第1期砲戦では1万〜7千メートルという遠距離であったため、初めは主砲1門をもって試射を行い、それ以降機会があれば6インチ砲3〜4門による試射もやった (可能性がある)、ということです。 ですからこの教訓が出てくるわけで。

 したがってこれを裏返せば、射法としての 「一斉打方」 による試射はやっていないと言うことです。

 この試射の要領については、この後の砲戦策改善案に出てきますし、実際に日本海海戦時にはこの方法で行っていることは 「三笠戦闘詳報」 に記されているとおりです。

一、艦橋より諸砲台の砲火を管掌し得るは発砲の初期 (決定距離を発見し全砲台の砲火を開始するに至る迄) に止り砲戦酣なるに及んでは諸砲台殆んど独断専行の必要に迫らるること多し 故に少なくも六尹砲郭に各一名宛の将校若は准士官を置くこと絶対的急務なり


一、故に戦闘の状況自ら此を不可能ならしめざる限り艦橋に於て絶対的に六尹砲台の砲火を掌握し自余の諸砲台は此の基準に従て固有の諸元を定め射撃するを良しとす


一、六尹砲台の射距離以外に於ては十二尹砲塔の射撃も亦艦橋に於て掌握すること勿論なり


 最も重要な射撃指揮に関する事項です。 ここでは 「砲台長」 というものの位置付けが明確になっています。 つまり、各砲台の射撃の実施は基本的に砲台長により実施され、砲術長はそれを全般統制、つまりオーバーライドするということです。

 これは明治36年版 『海軍艦砲操式』 の規定に従ったものです。 例えばその一例として、次のとおりです。

gunnery_cmd_02_m36_s.jpg

 したがって、特に本文書においては 「指揮する」 ではなくて 「指揮を掌握する」 と言っていることに注意してください。 軍事組織においては 「指揮する」 とそれを 「掌握する」 では全く意味が異なります。 本文書やその他のものでも、この2つはキチンと使い分けられています。

 しかも、主砲と6インチ砲とが同時に射撃を行う様な場合には、その掌握でさえ砲術長は6インチ砲のみであり、主砲の指揮に至っては砲台長に全面委任せざるを得ないと言っています。

 そして更に、砲戦最盛期にはその6インチ砲台でさえ、砲台長は自己の各砲廓砲を完全には指揮できないとまで言っているのです。 このため、各砲台にその分掌指揮をするための将校又は下士官を配置することが必要だとしています。

 つまり、一斉打方など全くの論外、と言うことです。

一、然りと雖も出来得る丈け全砲火の指揮を艦橋に於て掌握するは動ずべからざる原則となすを得べし 此れ艦橋は射撃諸元の推算及び弾着観測に最良の地位たればなり 然かも決定距離の発見に最も緊要なる発砲開始の初期に於ては之を実行すること容易にして亦欠くべからず


 艦橋から令する射距離は砲台において変更するべきではない、ということは開戦前から言われていることです。 しかしながら、当時の艦長訓示でも再三にわたり指摘しているとおり、なかなかこれが守られてきませんでした。

 その理由は明治36年版 『海軍艦砲操式』では、射距離の最終決定及び射弾の修正は砲台長の職務とされているからです。 これは例えば、同操式の第486項では次のとおり規定されていることによります。

gunnery_cmd_01_m36_s.jpg

 これを言い換えれば、先の 「斉射のやり方 (1) 〜 (5)」 でご説明したとおり、もし 「一斉打方」 による斉射が行われていたとするならば、このような教訓は絶対に出てくるはずもないことです。 射法としての 「一斉打方」 が基本として成り立たないからです。
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 15:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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