2011年01月27日

『運用漫談』 − (32)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その12 (承前)

 又横須賀鎮守府第二艇隊司令の時 (明治42年) のことである。 長浦の艇隊炭庫に永年に捗りつもつた煉炭の粉が、約八十噸程あつて只さへ狭き炭庫の大部を占領して居つたが、粉炭は水雷艇の罐には使へないので一同大に困つて居つたから、長浦の造兵部に相談したる處、造兵部には粉炭が却つて善い罐があると言ふので、運賃は造兵部持ちとして練炭三十噸と交換して貰らひ、大に隊の活動に資する事が出来た。

 又呉の第七艇隊司令の時 (明治40年〜41年) である。 呉から舞鶴軍港竹敷要港部に渉り二週間に跨る三等艇隊 (3等水雷艇の艇隊のこと、既出) としては破天荒的な大基本演習をやつた。

 演習計畫中に竹敷に於て燃料搭載を行ふ様になつて居つたが、竹敷の炭庫に日露戦争の餘りもので約八百噸の帳簿外の煉炭があつて其の始末に困つて居た。 人夫貨丈け出せば三等艇四隻の満載量位ひは只で遣らうと言ふから、或るへソ繰金で宜敷やり、満載して呉に歸り、時の鎮守府機関長を驚かした事がある。

 此の機関長は誠に要領を得た人で予が行動すると言へば、幾らでも遣り繰りして燃料を呉れた。 そして言はるゝには、何でもよいから働け、働きさへすれば得る所は失ふ處に此し更に大なるものがある、燃料なんかどうでもしてやるから大に働けと言はれて居た。

 米國海軍の實力如何に就ては兎角の批評を聴くが、彼の惜気も無く燃料を消費してノべツに訓練をし、行動して居る點から見て、其處に或る者がある。 決して侮つてはならぬとは予の常に考ふる處である。


 只今予はヘリクリ金で宜敷やると言ふ事を言ふた。 加藤 (友三郎) 元帥は其の総理大臣たりし時に、不當支出は宜敷が、不正支出は不可なりと言ふ答辨をして大蔵大臣を驚かした事がある。

 今日は諸法規が調ひ会計検査法も巌重であるから、不當支出なんかも無くなつたが、予の若い時分には随分思切つた事をやつたものだ。

 どうしてヘソ繰りが出来たかは天機洩らすべからずだが、臍繰りで新造水雷艇の食器が出来たり、旅順沖で分捕つたメリケン粉が、日本製馬賊に荒らされた大連港務部の二十人前の食器に化けたりしたもので、天勝嬢以上の奇術をやつたものである。

 然し茲で断つて置くが、此の臍繰金は総て乗員の努力で出来たもので、不當支出であるが断じて不正支出でなく、依て以て國家を利してゐる處が大にある。 今日世間の法網を潜りて行はるゝ合法的不正支出とは雲泥の差のある事は我輩の保證する處である。 之れを運用の妙と言ふも豈夫れ不可ならんやである。

 物と時の節約は之で終りとする。
(続く)
posted by 桜と錨 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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