2011年01月15日

回想録 『第12震洋隊物語』 の連載を終えて

 105回にわたって連載してきました辰巳保夫氏の回想録 『第12震洋隊物語』 (原題 : 「17フィートのベニヤボート」 ) が完結いたしました。

 この回想録を本ブログにて掲載いたしました理由などについては、第1回の冒頭に記したとおりです。


 最後までお読みいただいた方々には感謝申し上げます。

 本回想録は、前に連載いたしました森栄氏の 『聖市夜話』 や高橋定氏の 『飛翔雲』 とはまたちょっと違ったタッチのものですが、これはこれで貴重なものであり、お楽しみいただけたのではと思っております。

 ただ、管理人としての忌憚のないところを述べさせていただくと、本回想録を読み終わった後に残るものは、どうしようもない “虚しさ” です。

 第12震洋隊の特攻隊員はもちろん、その基地隊員、彼らの教育に関わった人々、輸送船や護衛艦艇、等々 ・・・・ そして震洋の開発と生産に関わった人々 ・・・・

 これだけ多くの人と物と時間を注ぎ込みながら、最終的な戦果はたったこれだけのものなのか、と。

 これは決して死んでいった彼らを誹謗するものではありません。 彼ら特攻隊員始め、この作戦実行までに関わった全ての人々は、日本のために本当に真剣な努力を払い、高潔な志を持っていたことは間違いありません。 それは日本人として高く評価すべきものです。

 それだけにかえって “虚しい” のです。 その努力と思いを、少なくとももっと別な、もっと有効・有意義な方向へ向けられなかったのかと。

 戦後の今日ではなく、当時においてさえ、米海軍の能力と対応振りを正しく把握し評価していれば、この震洋程度のものがどの程度の成果を発揮できるものなのか、を認識できなかった筈はありません。

 これ即ち、組織の上に立つ者の見識であり、人間性であり、責任感に帰すべきものです。

 “貧すれば鈍する” で済まされる話しではありません。 これが今日に活きる、彼らの命の代償としての教訓でしょう。

 翻って今の日本はどうなのか? 余りにお寒い現状に “ぞくっ” とします。

 私事で申し訳ありませんが、管理人自身としても約40年にわたり日本の防衛のために微力ながら尽くしてきたつもりです。

 日本を背にして、外に向かって両足を踏ん張り両手を拡げて ・・・・ しかしながら、定年退官して、ふっと後を振り返って目にしたのは、これが守ってきたはずの本当の日本の姿なのか、と。 いや、約40年、外に向いていた間に、日本は内側から崩壊してしまったのか、と。

 私個人として本回想録に “虚しさ” を感ずる根本は、ここにあります。
この記事へのコメント
前二作に続き,希少かつ貴重な体験談を拝読させていただきありがとうございました。当時の若い方々の心情と無念さがひしひしと伝わりました。

 私もかねてより感じておりましたが,桜と錨様のおっしゃる通りだと思います。
あまりにも多く失われた,かけがえのない命の重さに対し,当時のリーダー達の理念の欠如,戦略・戦術の杜撰かつ稚拙さ軽薄さに,悲しさと共に虚しさを覚えます。
 犠牲者を軍神と美化し持ち上げれば,免罪符を得たかのような振る舞いにも同様です。

 この体質とリーダーの欠如は,戦後も脈々と続いており,「一億総火の玉」の如く現在も断崖絶壁に粛々と向かっている気がします。
Posted by bimo大好き at 2011年01月25日 23:08
 bimo大好きさん、お久しぶりです。

 政治屋、高級官僚、大会社の経営陣・・・・社会に対する理念・志がなく、ただただ自己の利益と保身のみの人が多いですね。

 そして社会そのものも、一昔前の常識では全く考えられない状態になってしまいました。
Posted by 桜と錨 at 2011年01月26日 19:49
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