2011年01月12日

回想録 『第12震洋隊物語』 − (102)

著 : 辰巳 保夫 (乙飛練19期)

 震洋特別攻撃隊の出撃 (承前)

 あれほど騒がしかった岸辺の出撃の絵巻も、今はただシーンと静まりかえった。 そして何とも言いようのない不気味な海となってしまった。 今まで我々の身体の中にあった温もりを奪い去られたのであろうか。 身震いすら出る。

 特別攻撃隊員を送った後の気持、それは何にも例えようがなかった。 私も長年海軍生活をしたが、こんな寂しい思いを味わせられたことははかになかった。 こんな精神状態に置かされるのならどうしてこの俺も彼らと同じように震洋艇に乗って ・・・・ とさえ思うのであった。

 「では、元気でな。」
 「必ず死んだ奴のかたきはとってやるからな。」
 「しっかり頼むぞ。」
 「うん、大戦果を見ていてくれ。」
 「山から俺達の戦果はよく見えるからな。」
 「皆よくやってくれたなぁ。」

 そんな別れのときの言葉がいつまでも余韻を残しながら耳の奥に残って消えなかった。 それは送り出したときの疲れが一遍に出てきたからなのであろうか。 それからの私達はずぶ濡れの服のまま、だれが誘うともなく ・・・・、我々の足は島中央部の丘へ向かって動きだしたのであった。

 丘を登る自分の足は引きずるように重かった。 丘の地面は敵の爆撃と艦砲射撃によって崩壊され、以前の面影は全くなかった。 私たちはスビック湾の見えるところに腰をおろし、特攻隊成功の火炎の揚がるのを今か今かと、焦るような気特を抑えつつ待ったのである。

 だがこうして待つ時間は長い。 既に1時間は経ったというのに何の変哲もなかった。

 (一体どうしたのであろう。)
 (スビック湾に敵はいなかったのでは ・・・・)

 私は私なりの思案を巡らすようになった。 もう攻撃隊が出撃してから相当の時間がたった。 半ば諦めと焦燥にかられ、苛立たしささえ感じ始めた。

 (失敗だったのだろうか。)

 残された隊員はそれでも眠気などはなかった。 そして誰一人として丘を降りようとする者はいなかった。

 午前3時頃であった。 スビック湾らしい方向 (実際はマリベレス湾) に真紅の見事な炎が揚がった。 それに続いて大紅蓮の炎と火玉が、たちまちのうちに空は夕焼けのようになった。 しばらく間を置いて 「ダダーン」 「ダダーン」 とものすごい地響を伴った轟音が我々の鼓膜をつんざかんばかりに強く打った。

 「万歳」
 「すごいなぁ」
 「やった、やった」

 とそこここで大歓声が揚がった。 そして丘にいた者は立ち上がり雀躍して喜ぶ。 誰かれかまわず近くにいる者の背中をバシッバシッと叩いて喜ぶ者、互に手を取り合って喜ぶ者、そんな中で私は目に見える光景の凄まじさに唖然とし、しばらくの間ただ嘆息するばかりであった。

 燃える敵艦か、炎の中に小さな黒点が点々と見えた。 肉弾的中。

 「米鬼の野郎ども、ざまあみやがれ!」
 「日本男児の底力を見たか。」

 そこここの丘の上では特別攻撃隊の成功を祝う喜びと、今までの自分達の苦労の報われたことの嬉しさが一度に重なって出てきた。 嬉し涙か、何の涙か、またしても私の目からは止めどなく涙が出てきた。 あちこちで鳴咽する声もあった。 敵艦の燃える炎に照らし出された海の勇士達の頬には感激に咽ぶ2条の線がしばらくの間光り、そこには勇士達の散華を哀れむ心すらあった。

(続く)
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