2011年01月06日

回想録 『第12震洋隊物語』 − (97)

著 : 辰巳 保夫 (乙飛練19期)

 空襲は激化し、戦機刻々と迫まる (承前)

 1月9日朝、米第6軍 (クルーガー中将指揮) を主力とする敵大部隊 (5個師団) がリンガエン正面から上陸作戦を開始した。 当時の戦況は大本営陸軍部 「戦訓特報」 によれば次の如く記されている。

 9日の戦況

1 上陸開始。 0720頃敵輸送船はリンガエンに近接、上陸を開始せり。 即ちサントトマス沖輸送船50隻、ダモルテス沖輸送船45隻は距岸8粁にありてその舟艇はサンファビアン、ダグパン方面に前進し、0940その第1波をもってサンファビアン、リンガエン正面に上陸せり。


2 1630頃桟橋構築ダモルテス南方約10粁に揚陸場2か所を構築、輸送船約30隻碇泊し 陸岸との間に上陸用舟艇約40隻盛に往復中なり。 リンガエン東約7粁に桟橋を設け輸送船横付しあり。 その沖に輸送船約60隻を認む。 リンガエン湾中央よりわずかに東寄りに戦艦、巡洋艦 (数不明) 停止しあり。


3 上陸兵力、当面の敵兵力は最少限歩兵師団2、戦車師団1にして主力をもってサンファビアン地区、1部をもってリンガエン及びその西方地区に上陸、橋頭堡を占拠中なり。


4 橋頭堡。 ダグパン及びリンガエンに上陸せる敵は9日夕現在、海岸より約2粁、幅員約6粁の橋頭堡を占拠す。


5 海上挺進部隊 (陸軍〇八特攻艇、海軍の震洋艇と同じ特攻艇部隊) の攻撃。 我が海上挺進部隊 (約70隻) は2400を期し、敵輸送船団に対し爆雷肉攻を敢行し、其の20〜30隻を撃沈せるもののごとし、0200 (10日) 頃湾内海上において数十の爆発音を聞く。


 と敵上陸の状況を語っている。

 10日、敵はなおも500トン以上の上陸用舟艇約200隻、それ以下の舟艇約100隻を運行し重材料及び戦車師団を上陸させた。 艦砲射撃は9日に比べ閑散とはなったが、一度狙った地域は地上に一物も残さないように破壊した。

 射撃地域の左右にまず発煙弾を撃ちその中を砲撃、2平方メートル内に約3発あての弾丸を撃ち込んできた。 そのうえ上空からはグラマン戦闘機のし烈な攻撃も続いた。

 11日、12日なおも敵の上陸部隊は続き、我が軍は水際でこの敵を殲滅せんものと最大級の抗戦を続けたのである。 この両軍の戦闘の光景はまさに台風の来襲を思わせ、修羅の巷と化し、人間同士の戦とは大凡思えぬ惨状を呈した。

 抵抗に抵抗を続けた我が陛軍部隊も、15日頃には前線の一部を突破されカミリンを占領された。 必死の我が軍は各所において敵に挺身攻撃を実施し、一部の小部隊にあっては玉砕するなどよく善戦をもって敵の阻止に当たった。

 しかしマニラ奪回を目差し進む米軍は破竹の勢いとなり、我が軍のそうした阻止戦の効果はそれほどに上がらなかった。 敵は21日タルラックを、22日にはカパス及びオードネルを占領、23日バンバン飛行場を陥れ、24日敵は早くも同飛行場の使用を開始した。
(続く)
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