著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)
その8
運用と経済は寧ろ同一語である。 筍も経済を無視する運用は、畢竟エネルギーの浪費にして、延いては國力の叛逆的消耗である。 英海軍の運用書に航海術を定義して
航海術とは最も安全にして最も近距離なる航路を選擇する術なり。
と書いてあるのを見た。 蓋し至言である。
艦船の運用操縦は勿論、上は國策の遂行、戦略戦術の實施より、下は一塊の石炭一條の小索の利用節約に至るまで、海軍全般に亙り大小一切の事業、一として此の定義の外に出るを許されない。
然るに世間には往々安全第一を唱へて徒らにエネルギーを空費し、甚しきは所謂 『事勿れ主義』 を金科玉條として重なる時間と莫大なる人力と燃料とを浪費し、一年の勤務を無爲に済せば以て我事了れりとするでも名士がある。
一塊の煉炭一滴の重油も皆是れ國民の粒々辛苦の結晶である。 海軍存立の唯一理由たる戦闘能力の訓練向上以外に、決して其の浪費は許るされてない事を考慮反省せねばならぬ。
又た自己の怠慢と不覚により艦船兵器を破壊し又腐蝕せしめて、恬として恥づるを知らざる没分曉漠が居る。 一個のボルト、一本のピンと雖、之れ亦國民の粒々辛苦の結晶たるのみならず、一朝有事の際に當りては其完備と否とは勝敗の數を定め、國運の消長に関することあるを銘記し、寸分の苟且偸安を許るさないのである。
逸入嘗て某新任駆逐艦長より 『初めて艦長の重任を拝命したが艦長たるものゝ心得を訓へてくれ』 と問はれたるに由り、『一本のボルト一個のナットの破損と雖、其原因の何たるを問ふを許るさず、総て艦長自身の責任なりと心得よ』 と答へたるに、同駆逐艦長は之を座右の銘とせられ、優秀なる名艦長の名を博された事實がある。
質の良を以て數の缺を補ひ、世界の平和と人道の支柱たる皇國々防の第一線に立つべき吾人海軍々人たるもの、豈に夫れ深思熟慮せずして可ならんやである。
扨て経済的見地より視たる運用術は何を目標とするのかと言ふに、夫れは人と物と時の三つである。 而して人は精紳力體力の二つに分れ、物は其利用法と保存手人の二つに区分され、時は緩急宜しきを得る事である。
人の運用に就ては之を精神的に見れば、人事行政を公平無私にし、適材適所を得せしめ、賞罰を明にして軍規を粛正にし、上下一致戮力協心の實を挙げ、常に士気をして倦まざらしむるにある。
之を體力より見る時は、戦術其物にして動静常に宜しきに副ひ、虚實縦横、分合自在ならしむるに在る。
然し斯様な大問題に就て、理窟を言ふ事は漫談の運用に非ずして乱用となるから、逸人本来の立場に還へり、ここに一老艦長として體験談を試みる事とする。
(続く)