2011年01月04日

『運用漫談』 − (17)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その7 (承前)

 艦位保持の根本要求は汽醸軍紀にあると云ふたが、其の例証として逸人第七駆逐隊司令の時の實験を述べる。

 常時罐部員の汽醸能力を検定する爲めに、検定汽醸をやつたが、其の方法は碇泊中の或る一艦を指定し、其の一罐に臨時に排気管を取付け、發生蒸気は總て舷外海水中に放棄せしめ、焚火員の汽醸能力を測定するといふことになつてゐた。 而して之が爲めに行ふ豫備訓練も時々此の方法を取つた。

 自分は此の捨てる蒸汽が惜くてたまらない、何とかして之を航動用に利用する方法はないかと考へ、先づ自隊のみの検定汽醸法を作つた。 其の方法は何時でも航海四時間以上に及ぶ時を選び、一罐全力を原速力とし、各艦の乗組機関官を検定委員とし、艦隊番號順序若くは對艦毎に交代して乗組ましめ、汽醸成績記録を取らせることゝした。

 所がここに意外な成果を發見した。 それは右の如くして検定気醸を始めると、今迄隊列不整にして黒烟を吐き、寔に醜悪なる状態を呈して居つたものが、黒烟全く其の跡を絶ち隊列は令せずして整然となり、全四時間を通じて、艦長は殆んど回轉變更を要せなかつたが、愈々検定を畢り、検定委員を自艦に歸らしめ、再び行進を起すや、隊列忽ち乱れ、烟突は黒烟濛々と揚り、艦長如何に機関部を叱咤するも、何の効果もなかつた。

 爾後艦長は成るべく航海は検定汽醸に依ることゝされたいと懇請止まなかつたといふ事實である。 此の結果第七駆逐隊の隊形整然たることは戦隊中の評判となり、如何なる遠距離に於ても隊形により其の第七駆逐隊たることを知るを得と言はれ、司令の鼻の高さ三丈なりしが、其の秘傳は一に汽醸軍規の如何にあることを知らないものが多かつたのである。

 以上は主として艦位に及ぼす推進器の回轉に就て陳べたが、操舵手の巧拙も亦艦位保持に大なる影響を及ぼすものである。 而して操舵に就ても回轉同様、成るべく舵を動かさずして済む工夫を要する。

 前續艦が操縦拙にして列外に逸したるときの如きは、必ずしも其の航跡に従ふを要しない。 更に其の次の前續艦若くは旗艦を標準として進み、徐ろに前續艦の復歸を待ちつゝ其の航跡に入る様にすれば宜ろしい。

 又其の航跡に入るにしても、一々操舵を命令するよりも、前續艦の右舷端舟を目標とせよとか、或は左舷ヤーダーム (注1) を目標とせよとか云ふ具合にして、徐ろに前續艦の通跡に入り、漸次目標を換へて、其の正後に入る様にせば、遅い様でも實際は意外に早く列を正し得るものである。 注意すべきは、何事も気を利かすことである。

 機械萬能の今日、一切は數理的に行はれて然るべきである。 隊列の變化、航路の變更等に由て来る艦位の變動に對し取るべき處置に就ても、之れ又數理的に計畫し實行すれば宜しいけれども一瞬にして一切の機微を知り、機械と人力を浪費せずして、靈妙なる運用を全うすることは船乗の本領である。 敢て當事者の一助として以上の経験談を試みた次第である。
(続く)

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(注1) : yardarm、桁端。 元来は帆船の帆桁の先端のことですが、現代艦船においてはマストの横桁の端を指します。


posted by 桜と錨 at 20:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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