2011年01月03日

『運用漫談』 − (16)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その7 (承前)

 前續艦の艦尾に起る浪の状況も之に注意して居れば、それに依つて前續艦の推進器の回轉状況を推知することが出来る。 之れは大抵原速十二節のときは、半節位ゐの差迄知ることが出来た。

 前續艦の距離に依り、自艦の位置を正すに當つても、単に前續艦のみに依らず、先頭艦は勿論總ての前續艦の距離を測定し、其の全長の伸縮に留意し、始めて自艦の速力を加減する様にすることが必要である。

 自分は戦艦に長として四番艦若くは五番艦の位置に配せられることが多かつたが、常に旗艦のみを標準とし、其の間に在る僚艦は眼中に置かないといふ方寸でやつたが、左様にすると、僚艦も自分の艦に做つて位置を正すから、自然に全體の隊形が早く整ふ様に見えた。

 列中に在て測距器具に依らずして自艦の位置を知るもう一つの方法は、前續艦の艦尾に起る浪を利用することである。 前續艦の艦尾に超されたる何番目の浪は幾米の處に起るといふことを豫め研究して置き、自艦の艦首を何番目の浪に保ち居れば、定距離に在るといふことを會得する。 さうすると測拒器抔要らないのであつて、之を圖示すればざつと左の通である。

dist_wake.jpg

 一寸考へると何でも無い様であるけれども、少し気を附けると、色々のものが参考となることがあるから如何に測距器が完備してゐても、之を萬能視せずして、諸般の現象に注意することが必要である。

 近来の艦橋の状況を見るに、當直の測距手は殆んど十秒おきに何百何十米、近づきます ・・・・ 遠ざかります ・・・・ と大聲で報告し、艦橋は八釜しくて仕様がない。 然し之を聞かないと一刻も安心が出来ないと云ふ當直将校や艦長がある。

 自分は大嫌ひで、一斉沈黙を命じたことは屡次であつた。 それで自分は考へた、測距器の指針を電気装置により、艦長の目前と機関室と汽罐室に表示することの出来る様な通報器が出来たらば、艦橋は嘸かし静かになるだらうと。 發明家に一つ工夫してもらひたい。

 艦隊の旗艦若くは先頭艦の回轉不良の爲め、全體の隊列不斉を来たす事例は非常に多い。 故に先頭に在る艦の隊列の不整は第一に自艦の回轉不良に基くものなるを想ひ、列の整頓を命ずる前に、先づ自艦の回轉を調整することに留意せねばならぬ。

 自艦の回轉を調節するに就ては、艦橋と機関室との心理的調和が必要である。 之が爲めには、當直将校は今より一層機械に関する理解を増し、當直機関官 (機関科士官) も隊列保持に就き研究するを要する。

 機械に對し無理解なる當直将校が餘りに馬鹿気た神経病者の様な命令を頻繁に下すと、機関部は奔命に疲るゝのみならず、正確なる回轉數を知る能はざる状況に陥り、遂には艦橋の命令を蔑視し、命令は通報器を往復するのみに止まることがある。 傳令は其の當直将校の聲を覚え、あゝ又あの當直将校かと言うて冷笑してゐる。 注意すべき事である。

 距離の調整の緩急と機関部に於ける命ぜられたる回轉數を得るに要する時間等をよく考察し、回轉變更の回數は可及的少數に止めることに留意し、常に自から當直機関室の位置にある考にてやれば、一切は無事圓満に運ぶものである。

 艦橋と機関室との連絡を完うするには、艦橋に於て常に當直の機関官と運轉下士と汽醸下士の名を知ることが必要である。 之が爲めには、毎直此等の人の名を航海日誌に記入して置くと宜しい。 斯くする事は何か機関部を壓迫するかの様に見えるけれども、艦橋に於て機関部員の技倆の優劣と苦心の情況とを知ることが出来て、それが相互の諒解の基礎となる。

 逸人第二艦隊副官の時である。 「磐手」 が旗艦で、他は新造の 「平戸」 型三隻であつたが、新造艦の事迚、回轉が仲々揃はない。 従つて隊列が整はない。 仍て各艦に毎直の當直将校と機関官の名を報告せしめ、旗艦に於て毎五分間に各艦の距離を測定し、統計曲線圖を作り、航海後各艦に回覧させることにしたが、隊列整頓上大に有効であつた。
(続く)
posted by 桜と錨 at 20:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/42366072
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック