2011年01月02日

回想録 『第12震洋隊物語』 − (93)

著 : 辰巳 保夫 (乙飛練19期)

 独り病院に送られて (承前)

 飯を食う以外に能のない男、それは今の自分のこと。 ただ何となく目をつぶり食うことと眠ることだけの毎日が続いた。

 ところがある日突然、私の鼻にプーンと土の香りがしてきた。 目を無意識のうちに開けると、私の目の前に20期の三浦が立っているではないか。 真っ黒に日焼けし、歯が白く元気に満ち溢んばかりであった。

 「眠っているのかと思いしばらく声をかけないでいましたよ。 マニラまで公用使できたんです。」

 「皆元気でがんばっていますよ ・・・・ 」

 と言い、上から私を覗き込むようにして見ていた。 余り突然で全く予期しなかったことで私は夢を見ているのではないかと自分の目を疑うような気持で、しばらく彼を見詰めた。

 懐かしいという感情が私の身体一杯に漲り、直ちにそれが爆発しそうなまでの状態になった。 皆と別れてからのことを、色々と尋ねようと思ったが、余りにも突然な出来事なので私はろくに口が利けないでいた。

 三浦にしても同僚達のことを知らせたかったのであろうが、黙って目と目で語り合うような時を過してしまった。

 「早くよくなって、一日も早くコレヒドールに帰ってきてください。 皆も待っていますよ ・・・・ 」

 彼は我々特攻隊員の中でも一番ちゃめっ気のある男で、いつも冗談などを言っては皆を笑わせていた。 恐らく今私の目の前に立っている三浦もその頃の三浦と少しも変わってはいないのだろうか ・・・・。

 彼も下士官になり右腕に2等兵曹の階級章が着けられていた。 私は彼に 「おめでとう」 を言ってやった。 彼がここに来てどれほどの時間がたったであろうか。 わずかな時間であったろうが、彼はここにおれる時間が余りない。

 彼はコレヒドール島に帰る定期船の発船時間が迫っていることを私に告げ、胸の内ポケットから2通の封筒を差し出し、また持ってきた風呂敷包の中にわずかではあるが、菓子、みかんの缶詰、石けんなどが入れてあると付け加えた。

 そして彼は姿勢を正し、元気溌剌とした挙手の礼を私に送ってくれた。 いつにもない三浦の顔、その顔を私は忘れまいと彼の目をじっーと見詰め、その視線をそらせないでいた。

 私にとってこれが同僚達と永遠の別れになるような気がしてならなかった。 彼はそんな私の気持を十分に理解してくれたと思うが、くるりと私に背を向けるや足早やに私の傍から消えるかのように去って行った。

 私の寝ているベッドの近くには窓もなく日中でも薄暗い、病室の白い壁、白で覆われたベッド、病室内のほとんどのものは白一色で、全体的に冷たい感じを私に与えるのであった。

 そんな中で、今し方三浦が届けてくれた橙色の風呂敷包みと、自分の名前の記された衣嚢が、横の空きベッドに横たわり異色を留めていた。 衣嚢は薄汚れていて、あの長い苦しい航海を物語るかのようであった。

 思い掛けない朋輩との再会もあったが、夕方になっても電燈も灯すことのできない燈火非常管制下、ただ眠る他ない暗い夜がやってきて、燃えるような風呂敷の橙色が次第に闇の中に吸い込まれていった。
(続く)
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