2010年12月19日

「打方」 について (6)

 『別宮暖朗本』 のウソと誤りの更に続きです。

 次の記述は日清戦争についてのところでこの著者が引用しているもので、黄海海戦時に観戦武官として清国海軍の 「鎮遠」 に乗艦していた米海軍少佐マクギフィン (実際はどうもお傭い艦長だったようで、艦長楊用林に代わり同艦を指揮していたと自分で言っています) が雑誌 『Century』 に投稿した記事からの抜萃です。

 日本のある艦は、統一指揮による舷側射撃 (Broadside Firing by Director) を実行した。 これは、舷側の全門を同一の目標に対し、一つのキーを押すことにより同時に発射することである。 (p53) (p54) 

 この 『別宮暖朗本』 の著者は、原文の 「Broadside Firing by Director」 を 「統一指揮による舷側射撃」 と訳していますが、これってどういう意味でしょう?

 自分で 「砲術長がドラをたたいて、引金を引く砲手に発射タイミングを教えた。」 (p62) (p67) 、そして 「直立のタイミングを教えるだけ (目標を指定しない) 」 (p29) (p370) であるのが 「舷側射撃」 だと言っているのに?

 そしてこの 「一つのキー」 とは何のことでしょう?

 こういう他の記述と矛盾すること、自分には理解も説明もできないこと、などは全て華麗にスルーで、さも判っているかのように滔々と書いていますね。

 当該マクギフィンの記事はチャンと旧海軍自身が翻訳して公刊戦史である 『二十七八年海戦史』 に収録されています。 この著者はこんな基本的な史料さえ確認もしていなければ、読んでもいないのでしょうか?

 当該事項については旧海軍にとって自分自身のことですから、当然ながら正しい用語でキチンと訳しています。 次のとおりです。

 又敵の一艦は一時 「方位盤一舷打方」 を行えり。  是れ目的物に向かって一舷側の全砲を照準し、一条の電路をして各砲台を連絡し、咄嗟電鈴 (正しくは 「金」 偏に 「侖」 の字) を押して幾多の砲弾を一斉に放つの法なり。
 (海軍軍令部編 『二十七八年海戦史』 別巻 p580−581)

 そうです、「Broadside Firing by Director 」 というのは 「方位盤 一舷打方」 と言います。

 皆さんはこの 「方位盤一舷打方」 というのはお判りになるでしょうか?

 「一舷打方」 には 「基準砲一舷打方」 と 「方位盤一舷打方」 の2種類があります。 正しくは、後者は前者の変形 (改良) 方式と言った方が良いかもしれません。

 前者は先に定義したいわゆる 「一舷打方」 のことで、基準砲 (基砲) で目標を照準するのに対して、後者は “当時の” 方位盤 (Director) を使い、これで照準を行うものですが、どちらにしても基本的な射撃のやり方は同じです。

 一舷打方に方位盤を使用することは、明治19年に旧海軍が艦砲射撃訓練について定めた最初のものである 『常備艦隊艦砲射撃概則』 中の 「戦闘射撃」 の項でも、次のように規定されています。

第16条 発射法は一般に独立打方を行うべし 但し一舷打方を行う艦に在りては各舷より一回該打方を行うべし 而して 方位盤 及び電気発砲機 (電鈴のこと) を備えたる艦に於いては必ずこれを用うべし

 では、この当時の方位盤とはどの様なものだったのでしょうか。 残念ながら、その外観を示す図や写真などはありません。 しかし、これについては明治23年の砲術教科書の中で

 方位盤は全体金属を以て造り其の重なる部を弧盤、望遠鏡及び其の台とす 弧盤は三脚を有する半円形の框盤 (フレーム) にして ・・・・ (後略)

 としてその構造と操作法、これを用いた射撃法について詳細に記しています。 この方位盤については、先にご紹介した1880年の英海軍砲術書 『Manual of Gunnery for Her Majesty's Fleet』 の中でも説明されています。 (というより、どうも明治23年の砲術教科書のこの部分はこの英海軍のものをネタ本にしているようです。)

broadside_die_01_s.jpg

broadside_die_02_s.jpg

 これらによってどのようなものであるのかは充分想像はつきますし、当時の砲術を知るにはこれで充分です。 ただし、これを使用した射撃の方法などは長くなりますので、機会があればまた別にお話しすることにします。


 それにしても、このマクギフィンの投稿記事は、彼自身がその冒頭で、

 日清両艦隊の戦闘始末を叙せんとするに臨み、敢えて兵家専門的の著述を期せず。 ・・・・(中略)・・・・ 事情右の如くなりしかば、予は本編を艸するに間々伝聞に由らざるを得ず。
 (海軍軍令部編 『二十七八年海戦史』 別巻 p561−562)

 と書いているにも関わらず、この 『別宮暖朗本』 の著者は (この冒頭を無視して) まるでこれが黄海海戦の全貌であり真実かのように取り扱っています。 4頁にもわたって、この雑誌投稿記事の抜萃訳 (全訳ではありません一部のみです) を延々と。 しかも、その内容に対する何等の検証・分析評価もなく。

 日清戦争における旧海軍の原典史料がふんだんに公開され利用できる状況にあるにも関わらず、です。

 例えば、そのマクギフィンが言う

 日本側の公表には偽りがある、 日本人は損害を隠すために、船体には鉄板を張り、上部にはキャンパス布を張り、その上にペンキを塗った。 そして賢くも外人の目から損害を隠したのだ。 (p55) (p57) 

 このような文をそのまま引用して、だからどうだと言いたいのでしょう。 旧海軍艦艇の被害などは現在では公開されている史料に基づけばいくらでも検証できるにも関わらず、それをせずに。

 『別宮暖朗本』 の著者が引用を明らかにしているのはこの様な記事や小説ばかりで、その他には根拠とするに足る史料名などは全く出てきません。 その上で、滔々とこれが史実だ、事実だと主張する。

 お粗末と言えば、余りにもお粗末。 これでどこが 『坂の上の雲では分からない 云々』 というのかと。

 なお、『二十七八年海戦史 別巻』 をお持ちでない方は、 「近代ディジタル・ライブラリー」 の次のURLで公開されていますのでご覧ください。 マクギフィンの投稿記事の邦訳文はこれの一番最後に掲載されています。 この 『別宮暖朗本』 では省略されてしまっていることも含めて。



 以上6回に分けてお話ししてきましたが、これを要するに、艦砲の 「打方」 と言うたった一つのことについてでさえ、これまた 『別宮暖朗本』 の著者が全く “知らない” “判らない” “調べていない” を棚に上げての、ウソと誤りだらけを滔々と述べていることが明らかでしょう。
(この項終わり)
posted by 桜と錨 at 13:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
始めまして。
戦後のウエーキ島の事を知りたくて検索していましたら「桜と錨」を拝読する機会に恵まれました。戦争は空襲に遭遇、叔父たちの戦死で経験しています。 1953〜1954、パンアメリカンのクリッパーでウエーキ島経由にてボストンに参りました。学生です。 その頃のことを忘れないうちにと書き始めたのですが、ウエーキ島の情報が分かりません。初期のJALで行った方もウエーキ経由と聞きました。自衛隊も合同訓練したとも聞き及びましたが確認できません。確認方法をご示唆頂ければ幸いです。
昭和11年ごろ神戸沖の観艦式を兵庫県の六甲山の近くの岡本で父親に連れられて見た記憶がございます。 先日友人にその話をしましたら「自分のじいいさんが陛下のおそばにいた」と云うことで驚きました。海軍大将だったそうです。
よろしくお願いいたします。
山本
Posted by 山本すみこ at 2011年02月27日 21:39
 山本様、始めまして。

 お尋ねの戦後のウェーキ島の状況ですが、残念ながら私もネットにあるようなもの程度しか存じません。

 海上自衛隊も、艦船部隊は同島には寄港したことはありませんし同島付近で訓練を実施したこともありません。 航空部隊も同島周辺で日米共同訓練などを実施したことは無いはずです。

 ただ、昭和30年代に米国本土で受領した航空機を日本へ空輸する途中でウェーキ島に立ち寄った実績はございます。

 私の知るところでは、少なくとも昭和36年4月にUF−2という多用途飛行艇2機が米加州アラメダ航空基地〜ハワイ・バーバースポイント航空基地〜ミッドウェー島〜ウェーキ島〜グァム島〜羽田空港のルートで飛行したという記録があります。

 また、昭和40年代初めには航空部隊のハワイ派遣訓練での中継地として利用したこともあります。 例えば第1回派遣訓練において昭和41年11月の往路で立ち寄った記録があります。

 これら海上自衛隊の航空機が中継基地として利用した実績など詳しいことについては、海上幕僚監部の広報又は情報開示室にお尋ねいただくのが宜しいかと存じます。

 また当時のJAL米国便等での同島の利用についてもJALの広報にお尋ねいただけば、資料などが残っているのではないでしょうか?

 それと、同島は戦後一貫して米国領となっていますので、同島の管理状況については米国大使館経由で問い合わされるのが最も宜しいかと存じます。

 折角ご来訪いただきながら大変心苦しいですが、この程度で申し訳ございません。
Posted by 桜と錨 at 2011年02月28日 12:47
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