2010年12月16日

「打方」 について (4)

 それでは、例によって 『別宮暖朗本』 の記述を見てみましょう。

 斉射 (Salvo Firing) は、複数の砲台・砲塔が同一目標に向けて、同じタイミングで射撃することである。 詳細は後述するが、船体動揺 (ローリング、ピッチング) の影響を受けないように、直立のタイミングを教えるだけ (目標を指定しない) の舷側射撃 (Broadside Firing) とは異なる。 司馬遼太郎は両者を混同している。
(p29) (p370) 

 斉射 (Salvo Firing) と舷側射撃 (Broadside Firing) は異なる。 舷側射撃とは船体動揺を計算に入れたうえ、片舷側の砲を一斉に発射する方法で、18世紀からあった。 (p62) (p66) 

  「一舷射撃」 という用語さえ知らないのか、という突っ込みはともかく ・・・・ 前回お話ししましたように、「一舷射撃」 (Broadside Firing) はこの著者が言うものとは全く違うことはお判りでしょう。

 一舷射撃という 「打方」 も、発砲の “状態” においては 「斉射」 であることさえこの著者には理解できていないわけで。

 ましてや 「目標を指定しない」 など、何を寝ぼけたことを、です。 海戦において “目標を照準しない” 「打方」 など、あるわけがありません。 敵艦に礼砲でも撃つつもりなのでしょうか、この著者は?

 司馬遼太郎氏が混同しているのではなく、この著者が “知らない” “判らない” “調べていない” だけのことです。 全く以てお粗末の一言。

( 皆さんご存じのとおり、司馬遼太郎氏は 「坂の上の雲」 の執筆にあたり、自ら当時の可能な限りの史料・資料に当たるとともに、元海軍大佐の正木生虎氏 (海兵51期) などに教えを請い、海軍というものの実際を細部まで理解する努力をキチンとしています。 それが学術書ではなく、歴史小説であっても、です。

 それに引き替え、この 『別宮暖朗本』 の著者は、元々が艦砲射撃どころか、海軍や艦艇について何等の素養も無いことに加えて、司馬氏が利用することのできなかった豊富な旧海軍の原典史料さえオープンになっている現状にも関わらず、まともに調べる努力もせずに、既に本ブログで明らかにしてきたような机上の空想と妄想を “これが史実だ、真実だ” と得意気になって滔々と述べた上で、司馬氏や旧海軍軍人達に対して全く根拠の無い暴言を吐いています。 それも “出版物” という活字にして。)


  しかも、「直立のタイミングを教えるだけ」 って、如何にこの著者が艦砲射撃どころか “船” というものさえ全く知らないことがこの一言で明らかです。

 小学生でも判ることですが、横動揺 (ローリング) によってこの著者のいう直立、即ち艦が水平になる瞬間というのは、船体の動きが最も激しい時、つまり角速度が最大の時です。 (もちろん、動揺というのは常にサイン・カーブを描くような単純・一律のものでないことは言うまでもありませんが。)

 その様な時に満足な照準発射が出来るわけがありません。 それが出来るのは船体の動きが止まる瞬間であって、つまり動揺周期の両端、即ち甲板の傾きが上がりきった時、またはその反対の下がりきった時です。

 だからこそ、明治37年12月の 『連合艦隊艦砲射撃教範』 においても、

 目標其移動の終点に近づき移動速度の著しく減じたる時期に発射する如く照準するを要す 通例目標上動して其極度に達し将に下向せんとする時を最も好時期とす

 としているのは、当たり前のことなのです。

 しかも、自分に知識があることを示したいのか、改訂版でわざわざ文章に手を入れて書き直し、

 船体動揺 (横揺れ (ローリング) と縦揺れ (ピッチング) の二通りがある) を計算に入れた上で (p66)   
太字 表示は管理人による)

 としていますが、ローリングとピッチングの揺れ方の違いを理解していないことも自ら暴露しています。 この著者、客船であれフェリーであれ、船にまともに乗ったことさえ無いことは明らかです。 まさに 蛇足 という言葉のこれ程典型的な例はないでしょう。

 通常、戦艦などの巨艦のローリング周期は16秒前後であり、船体が海面に直立するチャンスは8秒に1回生じるわけである。 戦艦に電気機器が導入されていなかった頃は、砲術長がドラをたたいて、引金を引く砲手に発射タイミングを教えた。
(p62) (p67) 

 動揺周期の話しはさておくとして ・・・・ 「ドラをたたいて」 って、一体何時の時代のどこの海軍のことを言っているのでしょう? 帆船時代であっても 「ドラ」 などで発砲管制をした海軍はありません。

 楽器の中に音程差をつけたドラ (銅鑼) がありますが、これの名称を 「Gong」 といいます。 まさかこの著者、これで 「電鈴」 (ゴング) のことと 「銅鑼」 (ドラ) のことを勘違いしているのではないでしょうね。 いや、この著者のことですから案外そうかも知れません。

(電鈴の 「鈴」 は、正しくは 「金」 偏に 「侖」 の字ですが、常用フォントにありませんので代用しています。)

 皆さんは 「ブザー (buzzer)」 と 「ゴング (gong)」 の違いはお判りになりますよね? 日清戦争当時も、そして日露戦争期もまだブザーではなくゴングしかありませんでした。

fire_gong_01_s.jpg
( ヴィッカース社による 「筑波」 の射撃指揮要具の仕様書から )

 ですから、この著者が言う

 発射のタイミングについていえば、帝国海軍の艦艇には砲手のそばにはブザーがあり、二回ブッブーと鳴ると「準備」、ブーと鳴ると「撃て!」を意味した。 (p66) (p70) 

 は近代射法が確立した大正期以降の話しです。 しかも、そのブザーの信号法は、

buzzer_signal_01_s.jpg

 です。 たったこんな事さえ調べていないのかと。

 「打方」 についての 『別宮暖朗本』 のウソと誤りは、とても1回では終わりません。 続きます。
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 13:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
夜分遅くに失礼します。一つ疑問に思ったことが有るのですが質問させて頂いても構いませんか?
この著者が主張している「艦が水平になったら射撃」が原理的に間違いなのは理解出来ましたが、「待止発射」や荒天時における米海軍の射法である「selected level aiming」はこれとどう違うのでしょうか?よろしければ解説をお願いしても構いませんか?
実はこのページを見る前までは、小生もこの筆者と同じ考えを持っていました...。お恥ずかしい限りであります。
Posted by 三等兵 at 2016年03月31日 03:18
三等兵さん

申し上げるまでもなく砲に対する発砲諸元の値は甲板面 (正確には設定されたローラーパス面) に対してのものです。 したがって目標の運動はもちろん、動揺のためにその値は刻々と変動します。

しかしながら砲の動きは手動操作であろうと自動操作であろうと、あれだけの重量物を動かすわけですから、発砲諸元の変動が激しい場合その変動する値に合致させるにはどうしても遅れや誤差が出てきます。

このため、砲を動かさずに予め計算された値 (水平面に対するものと、場合によってはこれに動揺などを見越した特定の値を加えたもの) に仰角や旋回角を固定してしておき、照準による発砲のタイミングを狙う方が良い場合も出てきます。 特に斉射の場合の利点が大きくなります。

したがって、これは動揺のタイミングに発砲を合わせるのではなく、それとは関係なく固定された値に照準が合致した時に発砲する (引金を引く) ことになります。

しかしながら、今度はその為には計算 (固定) された値と、発砲瞬時の正しい射撃計算の値とでは誤差が出てきますので、通常の方法とこの方法のどちらを選ぶかは、その時の状況によりそれぞれの利点欠点を考慮した上での射撃指揮官の判断次第と言うことになります。

Posted by 桜と錨 at 2016年03月31日 13:09
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