2010年12月13日

「打方」 について (2)

明治期の射撃指揮のことに入りますが、まず最初に肝心な用語の話しを一つしておかなければなりません。

 それは他でもありません 斉射 (Salvo) という言葉です。 実は旧海軍においては、この 「斉射」 と言う言葉は、特定の 「打方」 として定義されたものでもなければ、具体的な砲塔・砲の 「発射」 の方法を意味するものでもありません。 つまり専門用語ではなくて 一般用語 に過ぎないのです。

 例えば、英語の辞書を引くなり、ネットで検索するなりしてみてください。 大体次のような解説が出てくるでしょう。

 “A salvo is the simultaneous discharge of artillery or firearms including the firing of guns either to hit a target or to perform a salute.”

 “The term is commonly used to describe the firing of broadsides by warships, especially battleships.”

 そう、これが 「斉射」 (Salvo) の意味です。 専門用語でもなければ、特定の 「打方」 を示したものでも、何でもありません。

 つまり、前回お話しした 「一斉打方」 であろうと 「交互打方」 であろうと、あるいは 「指命打方」 であろうと、発砲の管制の仕方はともかく “2門以上の複数砲を同時又はほとんど同時に発射” するならば 、その各回の発射のことを 「斉射」 と言います。

 したがって旧海軍においては、この用語についての正式な定義はありません。 別に定義しなくても、普通に上記の意味で使いますので、分かり切ったことだからです。 それにその「斉射」という言葉だけでは “どの砲を、何時、どの様に” 発射するのかの具体的な中身は何も無いからです。

 当然のことながら、『別宮暖朗本』 の著者が得意気に言う 斉射法完全な斉射法 等という言葉などありません。 この著者の全くの造語 です。 それも意味不明な。

 あるいは、かつて月刊誌 『軍事研究』 上で、かの遠藤昭氏が皆さんよくご存じプロの技術者である多田智彦氏に向かっての、

 雑と読んでみると 「一斉撃ち方」 を示す専門用語の 「SALVO」 が一度も出てこないし、その上、著者 (多田氏のこと) は 「一斉撃ち方」 と 「一舷撃ち方」 の区別も理解していないようなのでこのような素人さんの書いたものに反論しても大人気ないと考えた。
( 『軍事研究』 2006年1月号190頁 より引用 )

 などは全くの笑止以外の何ものでもありません。

 もちろん、旧海軍は 一斉打方 (昭和12年以前は 「斉発打方」 ) という用語に英語で 「Salvo」 という単語を当てはめたことは全くありません。 旧海軍は英海軍に習って Simultaneous Firing です。

 「斉射」 (Salvo) が何かの特定な打ち方を意味する “専門用語” であるとするならば、それがどの様な打ち方なのかをそれぞれの海軍で具体的にキチンと定義していなければなりません。

 明治の日露戦争期に、どこの海軍の何という文書でそれが定義してあるのでしょうか? 『別宮暖朗本』 の著者がそれを専門用語だと言うならば、その根拠を明示する必要があります。


 ところで、海上自衛隊では昭和33年に始めて 『艦砲射撃教範』 を定めた時に、この 「斉射」 という用語を次のように定義しました。

 同一目標に対して同一砲種によって同時に (またはほとんど同時に) 発射することを言う。     

 何故、海上自衛隊が旧海軍でも定義していなかった 「斉射」 という用語を戦後になって改めて定義したのでしょうか?

 理由は簡単です。 その範とした米海軍が 「Salvo」 という言葉を “専門用語として定義” していたからです。

 即ち、米海軍では現代でもその公式用語集において次のように定義しています。

salvo_usn_s.jpg

 ただし、米海軍がこの 「Salvo」 という用語を定義したのは、それ程古い話ではありません。 おそらく1930年代、古くても1920年代末頃からと考えられます。

 “考えられます” というのは、それより古い時代の米海軍の文書には出てこないからです。 少なくとも1927年の訓練マニュアルでは、上記の一般的な意味での 「Salvo」 として出てくる以外には、キチンとした定義はありません。

 念のために再度申し上げますが、これは米海軍と、それに倣った戦後の海自がそれぞれで “その様に公式に定義した” ということです。

 『別宮暖朗本』 の著者は、おそらく最近になって一般に出回っているこの戦後の米海軍図書にあった記述をどこかで見て、古今東西の海軍の専門用語として存在したと “勝手に想像” したのではと思いますが ・・・・ ?
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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