2010年11月27日

『運用漫談』 − (11)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その5 (承前)

 越えて十一年三月十八日、華府軍縮会議に於て、我全権の熱心なる抗争にも係らず英米の壓迫に由り、「三笠」 は廃棄處分を受けざるを得ざることゝなつたが、九月一日の大地震の為、艦底修理部破損し浸水を始めたるを以て、白濱海岸距岸百二十呎の處に擱坐せしめられたる儘、第一期廃棄作業が實施せられたのである。

 當時吾人は 「三笠」 の廃棄は英米両国が、有史以来の最大海戦に於て空前の大勝利を博したる、世界に誇るべき日本海々戦記念の對象たる我旗艦 「三笠」 を抹殺し、以て日本民族の自尊心を打拉しぎ、奉公的渇仰の目的物を粉砕せんとする奸策に外ならずと為し、憤慨したものである。

 幸にして財部大将や樺山可也少将等の 「三笠」 保存論主張と芝染太郎氏の殉教者的熱烈なる唱道に由り、十四年四月 「三笠」 を国民的記念として永久に保存すると云ふ事に決定し、時の横須賀鎮守府参謀長早川済少将を委員長とする三笠保存委員會組織せられた。

 研究の結果、「三笠」 を當時の擱坐位置に置きたる儘保存せんか、将来交通上に大不便あるのみならず、保存上多大の経費を要し、永久保存の目算立たず、且つ又共の擱坐位置海底の状況不良にして、「三笠」 は徐々に右舷側に傾斜するの傾向を生じ居る事発見せられた。

 之に由り、更に海岸近くに移動せしむる必要を生じたが、共の作業誠に難儀であつて、之が實行殆んど不可能に近きものあると、莫大の経費を要するを以て、

(一) 三笠を其の位置に置き、追ては解體すべしと云ふ議論と、

(二) 断然三笠を現在位置に移動し来り、三笠の周囲を埋立て、現状の如くして、三笠の艦型を永遠に保存すべし


 と云ふ議論の二つに別れたが、委員長宇川少将、港務部員中村虎猪中佐等の主張貫徹し、(二) 案の如く決定せられ、以て今日あるを得たのである。

 之が為に要せる作業は左の如くである。

 先づ現在位置の海底を浚渫し、岩礁を整理して、「三笠」 の艦底に符合するが如く切り取り、「三笠」 は更めて艦底浸水部に可及的防水工事を加へ、圖の如く四方に繋留し、曳出し作業の前日干潮時に錨鎖を可及的緊張し置き、翌日早朝より曳船と排水船を 「三笠」 の両舷に横附し、「三笠」 に於ては各種の排水ポンプを全力使用し得る如く準備する。

mikasa_slip_01_s.jpg

 當日午前最高潮に達するや、「三笠」 は潮水と排水の為め自然に浮揚し、錨鎖に強き緊張を及ぼしたるを以て、一斉に四隅のスリップ (注1) を切りたるに、「三笠」 は恰も飛び揚がる様な具合にて、海底の膠著を離れたるを以て、直に曳船を利用し、一且押合に曳き出し、錯雑せる岩礁の間を潜りつゝ首尾好く現位置に回航沈置せしめられたものである。

 曳行中 「三笠」 の浸水量は遥かに排水力を凌駕するものがあつて、刻々に沈下する状態たりしも、曳行作業の遂行に十分なる時間の餘裕を得られたのは、一に作業計畫と其の實施が綿密巧妙に行はれたのに由るのであつて、運用術の極致として推称するに足るものがある。

 其の後 「三笠」 の保存手入作業は聊か不充分の誹りありしも、近来大に面目を改め、一見在役艦の如く整頓し、記念品等の整理宜しきを得、拝観者をして自然に襟を正さしむるに足るものあることは慶賀に堪えない。

 然れども 「三笠」 の船體は鐵製なり、年と共に腐蝕耗損するは免かるゝ能はざる所である。 従て之が保存と補修には、尚ほ多大の考慮を要する。 運用家の研究と献策を望む。

 尚ほ 「三笠」 沈置位遣決定するや、其の計畫書を時の鎮守府長官加藤大将の閲覧に供したるに、「三笠」 の艦首方向を少しく右方に振り向くれば、艦首は恰も宮城に正向する事を発見せられ、計畫に修正を加へたるを以て、現在 「三笠」 の艦首は宮城に正向し、永遠に護国の大任を擔ひ居る次第で、亦寄なりと謂ふべきである。
(続く)

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(注1) : Slip 錨鎖や鋼索、太い麻索などを繋ぎ止めたり固定し、必要時には迅速にこれを切り離すためのものです。 下図はその使用例の一つです。


slip_01_s.jpg
posted by 桜と錨 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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