2010年11月14日

『運用漫談』 − (7)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その3 (承前)

 按ズルニ

 第一、航路ヲ選定スル二當リ當沿岸海面ニ於テハ此季節南東偏流アル事水路誌従来ノ航海報告及ビ海流図ノ示ス所ナルニ比較的少数ナル同艦ノ経験及ビ確實ナリトシテ信ヲ措クニハ充分ナリト謂ヒ難キ商船々長ヨリ得タル材料ニ依リ西方流壓ヲ蒙ムルべキヲ信ズル事大ニ過ギ偏東流偏南流ニ對スル顧慮比較的薄カリシ事

 第二、前夜来断へズ北西ノ強風二會シタルニ伴ヒ速カニ及ボスべキ影響ノ顧慮風壓流壓ニ對スル顧慮周到ナラザリシ事

 右二項ガ艦位ヲ不確實ナラシメタル本来ノ主因ナリトス

 此ノ結果トシテ

 當日午前八時M角ヲ認メ得ザルトキ艦ハ西方ニ壓流セラレ居ルニ非ズヤトノ疑念ヲ抱キ同時ニ北々東二變針シ陸岸ニ近カント試ミタリ

 此際更ニ思慮ヲ練リ萬一東方ニ壓流セラレタル場合ニ於ケル結果ニモ考及スルヲ最安全ナリトスべキニ西方壓流ノミニ留意シタリ

 次ニ午前八時十五分M角燈臺ノ東西線ヨリ更ニ北ニ在ラズヤトノ疑ヲ抱キタルモ安全ヲ採リM角ノ南三度西十九浬半ニ在ルモノト測定シタル時一層安全ヲ計リ更ニ多ク偏西ニ變針スルカ若クハ速力ヲ大減又ハ停止スルカノ手段ヲ執ル事ニ考及スルヲ此場合ニ於ケル最良法ト認メ得べキニ事爰ニ出デズ

 又午前八時五十五分艦位ヲ求メM角ノ南十二浬ナルヲ知リタルトキ變針一層大ナルヲ最安全ト認メ得べキニ事爰ニ出デザリシモノナリ

 尚ホ艦位不確實ノ虞アリタル時速二錘測ヲ行ヒ警戒スべキ界域ニ在ラザルヤノ探知ニ力ムル事、見張ヲ一層厳ニシテ波浪其他海面ノ状況ニ留意スルコト又當日未明以後ノ状況ハ天測可能ナリシニ由リ之ニ依テ艦位ヲ確ムベキ事是レ等ノ手段ヲ神速ニ行ヒタレバ或ハ禍害ヲ未然ニ防ギ得タル事可能ナリシナランニ前記本来ノ主因タル西方壓流ノ過信ト速カニ受ケタル影響ノ顧慮周到ナラザリシ結果トガ思慮ノ全般ヲ支配シ為ニ如上手段ノ著手敏活ナラズ測深見張天測等ノ効果拳ラザルニ先チ觸礁ノ難二罹リシ事ハ艦長ヨリ提出セル報告竝ニ艦長航海長ニ對スル質問ノ結果ニ由リ明瞭ナリ

 (私註) 艦長に對し同情的論告あるも、之を略す。

 之ヲ要スルニ前記原因二由リ艦ヲ觸礁スルニ至リ新嘉坡ニ於テ入渠ノ上工事日数約二十日間修理費概算一萬八千弗ヲ要スル損害ヲ蒙ラシメタルハ如上酌量スベキ點アリト雖モ航海上必要ナル注意ヲ缺ケルニ基因シタル事明瞭ナルヲ以テ當事者之ガ責ニ任ズべキモノトス
 
 右行為ハ海軍懲罰令第九條第十一號二該當ス依テ同令第十一條第十二條ニ依リ謹慎十二日ニ處ス

 右の判決は全く適當なるものであり、逸人の一言ない所で、豫てより向ひ風に會したる時、春日が豫想外の影響を受ける事を知れる自分が此の風壓に對する顧慮十分ならざりし事と、既に不安と危険を感じたるより後の處置緩慢なりし事は、船乗りとして許すべからざる失態である。

 逸人百度び懺悔するも、到底其の罪を償ふ事は出来ない。 只だ此の懲罰文が幾分にても後進者の参考となり得ば、逸人のせめてもの罪亡ぼしと考へる次第である。

(附記) 此の坐礁事件に就て、参考とすべき一、二件を附記する。

一、不安なる海面を航海する時、測深機の使用に骨を惜むベからずとは自分の豫ねがね唱へ居る所で、當日も年前七時半に既に気が附いて、當直賂校に命じた積りであつたが、其の命令の不徹底たりし事は艦長の罪である。命令は確實でなければならぬ。

二、坐礁後は (一) 防水扉を閉鎖する外、(二) 速に四囲の水深を計ること、(三) 艦底調査の為め潜水器を用意すること、(四) 推進機の使用には厳密なる注意を拂ふこと、(五) ストリームアンカー (注1) 運搬のこと。

 此等は其の必要が同時に起るから、豫め研究し、訓練し置く事が必要である。
(続く)

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(注1) : Stream Anchor 「中錨」 のこと。 旧海軍では軍艦が装備する錨には 「主錨」 「副錨」 「中錨」 「小錨」 の4種類があり、『海軍艦船艤装規則』 により艦種毎にこれらの大きさや装備数が決められていました。

「主錨」 (Bower Anchor) : 艦首両舷にある常用の錨で、錨泊用に使われますし、またその錨鎖は浮標 (ブイ) 繋留の時に使います。

「副錨」 (Sheet Anchor) : 主錨と同じ大きさ応急用予備錨で、通常主錨の後方に装備されました。 昭和期に入ってからは艦首装備は廃止され、次の中錨をもって副錨としました。

「中錨」 : 主錨の1/3〜1/4の大きさで、普通艦尾 (小型艦艇では中部) 付近外舷に1個置かれており、艦尾を一時的に所要の方向に維持する場合などに使用されます。 通常は錨鎖ではなく錨索を使います。

「小錨」 (Kedge Anchor) : 中錨より更に小型のもので、簡便に多用途に使用されます。 上甲板隔壁や舷側などに置かれます。


posted by 桜と錨 at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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