2010年11月07日

「内筒砲射撃」 について (前)

 内筒砲射撃については、日本海海戦前の鎮海湾における猛訓練で有名ですので、皆さんよくご存じと思います。

 ところが中にはとんでもない大ウソを書いて堂々と出版している素人さんまでいますので、ここで少しキチンと纏めておきたいと思います。

(注) : 内筒砲の 「筒」 の字は、正式には 「月」 偏に 「唐」 と書きますが、例によって通常のフォントにはありませんので全てこれで代用しています。


 ところで、先に 「照準」 ということを4回にわたってお話ししました。 「艦砲射撃の基本中の基本 − 照準について (1) 〜 (4)」 です。 まだご覧いただいていない方がおられましたら、まず先にこちらをお読みさい。


 要するに、艦砲射撃にとっては如何にこの照準ということが重要であり、これが正しく出来ていなければ如何に射撃計算が正確であっても命中弾は得られないということです。 そしてその照準は 「射手」 によってなされるということです。

 つまり、“ 教育・訓練と経験による熟達であり、 射手個人の才能・技能であり、 精神力の賜 ” であるのが 「照準」 であると申し上げました。

 その照準の第1歩としての極く基礎的なやり方については 「照準発射訓練」 と称する方法により、弾を撃たなくても教えることはできます。

 が、照準を担当するのは砲の引金を引く 「射手」 ですから、やはり実際に弾を撃って照準の善し悪しを訓練していくことが最良であることには変わりはありません。

 しかしながら、艦の日々の業務・訓練において、次の点からも実弾射撃をそう頻繁に実施するわけにはいきません。

  (1) 砲身命数の問題と実弾消費 (特に中大口径砲)
  (2) 実弾射撃のためには射撃海面まで出港する必要がある

 そこで、実弾を撃たずに射手を始めとする射撃関係員を訓練する簡便な方法の一つとして採用されたのがこの内筒砲射撃です。

 下図の例ように、小銃口径の内筒砲 (始めは小銃の銃身を改造して作られたものでした) を砲の中に入れ、砲と内筒砲の砲軸が正しく一致するように据え付けます。

aiming_tube_01_s.jpg

 そして、通常の射撃と同じように砲を操作し、標的を照準して内筒砲を発射することになります。

 そこで疑問に思われる方もおられるかもしれません。 小銃口径の様な射距離の短いものを使っているのに、どうして砲の通常の照準で当てることができるのか? つまり何故その砲の射手の訓練になるのか、普通に小銃を撃って訓練するのとどこが違うのか、と。

 実は話しは簡単なんです。 換算表を作っておけばよいのです。

 例えば、400m先の標的を狙うとするなら、この時の内筒砲に必要な仰角はその射表から求められます。 次ぎに本来の砲の射表からその仰角に応じた射距離を求めれば、それが照準器の縦尺 (距離尺) に調定すべき値になります。

 そしてその値を照準器に調定して通常の砲の操作で400m先の標的を狙えば、内筒砲の小銃口径弾でピッタリと当てることができるわけです。

( 当然ながら、射距離に応じた苗頭の換算表が必要なことは申し上げるまでもありません。 特に移動標的を使う場合などは。)

 したがって、これによって射手は自分の砲を使って、その砲で通常の射撃をするのと同じように訓練が出来ます。

 そして更に、射手の操砲・照準訓練だけではなく、測距、その伝達、(換算)、照準器の調定、照準、発射、というチームとしての一連の訓練も実施できます。

 この内筒砲射撃は、当然ながら簡単なものから実戦に即したものまで順次段階を追って訓練していきます。 これについては次回で。
(続く)
posted by 桜と錨 at 16:31| Comment(5) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
マークが違いますので射撃・射管の具体的・実際的なお話は初めて知ることが多く且つなるほどと頷くばかりです。

しかし実体験として、訓練と経験による熟練というのはまさにその通りだと思います。
運用術もそうですが船の場合、やはり経験、つまり数をこなすというのが重要ですね。
そして不思議なことに場数を踏んで経験を積みますと、何故か「カン」というものが養われ冴えてきます。
一瞥で十を知ると言いますか一種の未来予知と言いますか、直感的に答えが出てしまう。

感覚が鋭敏になると同時に豊富な経験が即座に最適解をアウトプットするのでしょうね、計算や理屈をすっ飛ばして(笑)
もっとも私なんかはそんな神様レベルには遠く及ばず、まして潮っ気が抜けてからはささやかな経験値も水泡に帰してしまいましたけど。
Posted by UNK at 2010年11月08日 22:25
 UNKさん

 仰るとおりですね。 ただ、私も本家サイトの回想録にありますように船乗りになりたくてこの道を選んだのですが、肝心な若い時にあまり船に乗せて貰えず、ず〜っと乗っている同期の連中が羨ましかったものです。 もっとも替わりに他の勉強はさせて貰えましたが (^_^;
Posted by 桜と錨 at 2010年11月09日 20:55
初めて乗った艦の信号長は、学校以外艦を下りたことがないと言っていましたが、幹部の方々は陸上勤務もローテーションに入っておりますでしょうから、ずっと艦船勤務という方は少ないのでしょうね。
まあ曹士でも航海科の場合、陸上配置がほとんど無いという事情もありますけれど。
そういったベテランになりますと、発光のモールスがカタカナに見えるそうで、一々「短長短短カワセのカ」などと翻訳していた自分には驚異的でした。
頭の中に運動盤があるのか?というような電測員上がりの船務長とか、大工形無しの応急員長とか、まさに職人芸の世界です。

運航幹部なら操艦行船は表芸ですよね。
ただ残念ながら時々あまりお上手ではない艦艇長も見受けられまして・・・。
下の者は上に立つ人物をシビアに見ています。
危険な状況などでは指揮官の顔を見ます。こういった時に落ち着いて的確な判断を下せる指揮官は頼りになりますし、ああこの人で良かったと心から思いますね。
こういうタイプ、実戦型の指揮官というのはどうもエリートコースに乗っている人には少ないような気がします。
杞憂ならいいのですが、海上自衛隊の組織的な欠陥ではと危惧するところです。
Posted by UNK at 2010年11月09日 22:57
 UNKさん

 操艦というのは艦艇長にとってはいわば “お家芸” みたいなものですから、本来なら充分に身に着けなければならないものの一つですが、現代ではその機会が益々少なくなっています。

 そして、若い幹部達にとっても艦船勤務において “男のロマン” を味わうような余裕が全く無くなってきているのも事実です。 私などからするとかなり可哀想な気がします。

 組織というものが、段々と体制が整ってくると、特に防衛省という官僚が牛耳るお役所であることもあり、書類だ報告だと、つまらないことばかりがどんどん増えてきますね。

 結局は、操艦が上手くても、また航海術や砲術に長けていたとしても、そのようなことは出世には全く役に立ちません。

 私としてはこれが良い事ととは決して思いませんが、日本の国民が選んだ方向なのですから ・・・・

 もっとも、旧海軍においても、参謀肩章を吊って軍令部を出入りする者と、いわゆる “車引き” という違いもありましたので、組織というものには多かれ少なかれ必然的について回るものではありますね。
Posted by 桜と錨 at 2010年11月10日 12:28
確かに「書類の海で闘っている」というのはありましたね。
おっしゃる通りある程度は仕方ないのかもしれませんが。

愚考すれば、現場を知らないあるいは忘れた者がトップにいた、これが前大戦での日本の敗北の主因の一つと思えてなりません。
やはりアメリカの柔軟性・合理性と比較すると、日本の硬直性は際立ってみえます。正直、これでは勝てるわけがないと。
物量や科学・技術以前に、広い意味での文化や思想・精神面で負けてしまったと思います、残念ながら。

ちなみに、操艦が上手でパッと横付けして上陸許可、こんな行き足がある艦艇長は乗員の人気もあり士気も高く、艦も強いですね。
Posted by UNK at 2010年11月13日 00:10
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