2010年11月06日

『運用漫談』 − (6)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その3

 前回に於て、逸人の盆鎗振りの一端を白状したが、幸に艦船には何等の損害なかりし為め、共の罪を問はれずに済んで来た。

 然るに世界大戦に於ては、濠洲の西海岸に於ける軍艦 「春日」 の坐礁と云ふ大失敗を演じ、悪道盡きて、遂に奉職履歴三枚に亙る朱字を頂戴する様に成つた事は、逸人の全く以て恐縮して居る所である。

african_reef_s.jpg
( 元画像 : Google Earth より )

 常時の情況は左記の懲罰申渡文が要を盡して居るから、聊か長たらしいけれども、其の儘轉載することゝする。

       懲罰申渡書

 其官儀春日艦長トシテ豫テ本職ヨリ受ケタル訓令ニ基キ濠洲西岸航路警備巡航ノ目的ヲ以テ大正六年九月十二日年前八時フリーマントル出港原速十節ヲ以テゼラルトンニ向ヒ航行中 (中略) 午後七時頃ヨリ天候険悪トナリ北々西乃至北西ノ風力四乃至五ニ及ビ海上荒レ波浪高マリ艦ノ動揺ヲ加へ時々驟雨アリ

 午前零時半推測位置南緯三十度東徑百十四度三十六分ニ於テ北ニ変針シ 「ムアーポイント」 (以下M角と略称す) 燈臺ノ西三浬半ニ向ヒタルガ午前五時頃ヨリ風力少シク減ジ夕ルモ海上ノ模様依然トシ荒レ居り水平線附近ニ霞霧アリ展望十分ナラズ

 午前八時推測位置M角燈臺ノ南二十一度西十浬ニ至レルモM角ヲ認ムルヲ得ズ因テ艦へ西方ニ壓流セラレ居ルニ非ズヤトノ疑念ヲ抱キ同時ニ北々東ニ變針シ陸岸ニ近カントセリ

 然ルニ八時五分二至リ沿岸ノ霞霧稍ヤ薄ラギ陸岸餘リ遠カラザルヲ認メ再ビ北ニ變針八時十五分陸岸目標ニ依リ艦位ヲ測定セシモ正確ナラズ艦ハ巳ニM角ヲ通過シ同燈臺ノ東西線ヨリ更二北方ニ在ラズヤトノ疑ヒアリシモ安全ヲ採リM角ノ南三度西十九浬半ニ在ルモノト確定シ北々西ニ變針八時三十分電動測深機ノ用意ヲ令シ其ノ出来次第速二測深ヲ開始スベキヲ命ゼリ

 午前八時五十五分艦位ヲ求メM角ノ南十二浬ニ在ルヲ知リ餘リニ亜弗利加礁ニ近キヲ以テ直ニ北々西へ變針セントシ取舵ヲ令シタルモ其ノ時既ニ遅ク午前八時五十六分俄然艦ノ中央部ニ於テ三回ノ震動ヲ感ジ艦ノ行足忽然トシテ消滅セリ

 依テ直チニ機関停止ヲ命ジ防水扉ヲ閉鎖セリ然ルニ第一回ノ觸礁後約一分間置キニ艦ハ波浪ニ連レ振動ト動揺ヲ感ジタリ

 觸礁後機関ヲ停止スルヤ直ニ艦ノ四囲ヲ測深セナメタルニ右舷前部七尋乃至五尋右舷後部四尋三/四乃至四尋一/二左舷ハ前後部ニ渉リ四尋三/四四尋一/二ニシテ艦ノ右舷前方ニ深水部アルヲ認メタルモ推進機ノ破損ヲ顧慮シテ之ヲ使用セザリキ

 然ルニ艦ハ波浪下風壓ニヨリ漸次ニ東方ニ壓流セラレ自然ニ離礁シ艦ノ周囲ハ水深六尋以上ト成リタルヲ以テ午前九時十分厳密ナル注意ヲ以テ適宜機械ヲ使用シ艦ノ損害程度調査ノ為メM角ノ南十度東十三浬ニ投錨セリ

 投錨後初メテM角燈臺ヲ霞霧ノ裡ニ発見シ今迄M角ト推定シ居タルモノハ誤認ニシテ更ニ二浬西方ニ突出シ居ルヲ確メ觸礁位置ハ亜弗利加礁ノ東南端ナリシ事ヲ知リ又損害状況ハ戦闘航海ニ差支ナキ程度ノモノタルヲ認メ正午抜錨ゼラルトンニ向ヒ午後三時同港ニ投錨シ應急作業ニ着手セリ

 (私註) 損害状況略す。 第三缶下の清水タンクに海水浸入せる外、艦異状を認めず。事後新嘉坡 (シンガポール) に於て入渠修理したるが、同部の外板一枚取換へを要し、入渠修理等の為め、約四萬圓餘の御損を御上に掛けたのである。
(続く)
posted by 桜と錨 at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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