2010年10月26日

『運用漫談』 − (4)

著 : 大谷幸四郎 (元海軍中将、海兵23期)

  その2

 逸人兵学校の四號生徒で、例の白井教員指導の下に、汽艇 (注1) 発着法の教練をやった時、原速力で汽艇を筏に衝突させた事がある。 其の時に教員は

  『 衝突の稽古と言ふものは計畫的に出来るものではない、只今のは汽艇と筏との衝突だが、大艦の衝突の時も同じ気分の下に行はれるものだ。 大艦を衝突させては大變である。 今の気分を忘れずに、他日の参考とする様に 』

 と言って教へてくれた。 自分は此の訓育は一生忘れる事が出来ない。

 一体艦船を衝突させたり、坐礁させたりするのは、

     (一) 事前にぼんやりして居ること、
     (二) 危険に臨んで泡を喰ふこと、
     (三) 事の起るや狼狽して、如何に之に処すべき乎を知らざる

 に基因する。

 右の汽艇の衝突も此の三拍子の揃ふたものである。 逸人性来ぼんやりであることを知るから、行船上に於ては常に之に対する注意警戒を怠らない積りであるが、生れ付きは致方ないと見え、三十八年間の海上生活中、日露戦争に際し水雷艇七十一號を坐礁させ、世界大戦中に濠洲西岸で、軍艦 「春日」 を坐礁させた。 此等は皆なぼんやりが其の大原因であった。

 日露戦争中旅順口封鎖戦には、自分は水雷艇七十一號艇長として従軍したが、封鎖破りを企図する支部ヂャンクは多く芝罘 (現在の烟台) 方面から廟島列島を根拠として居る疑があるので、一は示威運動により彼等を威圧し、一はヂャンクの錨地に進入し、疑はしき點あるものを臨検する目的を以て、同方面を巡航することゝなり、芝罘沖から西上して、登州 (現在の蓬莱) 附近の沿岸を巡航し、登州堆 (下図参照) の南方に出でんとした所が、此の附近の常時の海図は支那海図を翻繹したものか、水深は通常の通り尋を標準として居るのに、暗礁の水深を示すには、尋を以てせずして尺を以てして居つた (注2)

toshutai_chart_01_s.jpg
( 71号の座礁位置は登州堆の右下にある水深1.3mの表示付近と考えられます。 )

 即ち一/二尋礁、一/四尋礁と云ふべき所を三尺礁、一尺五寸礁と云ふ様になつてゐる。 普通海図では、三尺岩、百尺岩と言へば、水面上三尺又は百尺の高さある岩を示したものである。

 自分は此の岩と礁の区別を考へずに、尺を使ふて居るから、水面上の高さを示して居るものだとぼんやり獨断して了ひ、常時干潮時であったから、此等の小岩がどうしても見えねばならぬのに見えないから、艇附将校にも気を附けよと命じ、双眼鏡で一生懸命に四方を見て居る内に、艇はドシンドシンと音しつゝ、身振ひをして行脚が止まつた。

 自分は直に機械を停止し、次で投錨を命じ、附近の水深を測らせたるに、何れも八尺以上ある。 夫れから交叉法により艇位を測りたるに、正しく六尺礁を乗切って居ることを知り、始めて礁と岩の間違ひに気が附いて流汗三斗したれども、自分のぼんやりの罪は免かるベくもない。 夫れから艇の損害を調査したるに、船体にも舵機にも機械にも何等損害を認めないので、まあ懲罰にもならずに済んだ。
(続く)

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(注1) : 昭和年代においては、旧海軍では 「汽艇」 とは長さ約10m、幅約2m、搭載人員約30名の蒸気推進の 「機動艇」 の一種を意味していましたが、本稿における明治中頃の兵学校においてどのようなものを使用していたのかは不明です。

 因みに、旧海軍では100トン未満の舟艇を 「短艇」 と総称し、これを 「機動艇」 「漕艇」 「櫓艇」 の3種に分類していました。 この内、機動艇には推進機関の種別により 「汽艇」 「電動艇」 「内火艇」 の3種があります。 なお 「艦載水雷艇」 というのは、推進機関の種類に関わらず、魚雷発射 (落射) 機を装備する艦船搭載の機動艇の特別呼称のことです。


(注2) : ここでいう 「尋」 は 「ファザム (fathom) 」 (1fathom = 6feet ≒ 1.8m)、「尺」 は 「呎」、即ち 「フィート (feet) 」 のことです。


posted by 桜と錨 at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 『運用漫談』(完)
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