著 : 辰巳 保夫
横須賀での外出 (承前)
ここは兵専用の食堂であり、ここで1番の先任は兵長の階級をつけた者であった。 海軍ではよくいうが 「牛の糞にも段々」 と ・・・・。 これら先任者たちの振舞には少なからず私たちは頭にきていた。 販売時間が来ても列があまり進まない。 それもそのはず、割り込者がいるからである。 1等兵や我々の前に彼等はふてぶてしい態度で割り込む。
「いっちよ、やったろか。」
20期の一ノ瀬と今井が後を振り向き目くぼせをした。 私達の一番先に並んでいたのが中山と細田で、2人は顔も凄みみがあった。
「よし、ハエを追っ払うか。」
と一ノ瀬と今井の間に割り込んだ海軍水兵長を引っ張り出した。 中山が切り出した。 少し顔をしかめて凄みをつけ、
「おい、お前たちは何んじゃあ! 人が黙っていると思って。」
「なんでそこに入るんだ。」
「皆でこうして早くから列を作って並んでいるんだぞ。」
「いい加減にしろ。」
「食べたいのはみな同じだ、兵長といって大きな顔をするな! 俺たちは9月1日に3等兵曹になっているけれど、この前ボカチンを食って階級章がないんだ。 しかたがないからここで並んでいるんだ。 すぐ戦地に行くんだ。 後について並んで食ったらどうだ!」
と一喝、そのあとに続いて
「甘い顔をするな。」
とつけ加えた。 (ボカチンとは雷撃を受けて撃沈されたこと。) 芝居を打ったのである。 古参の兵長達は、ぎょろりとした目でこちらを見た。 “鳩が豆鉄砲を食らった顔” とはこんな感じの顔だろう。
「皆も俺達も近いうちに死ぬんだ、殺生なことをするな。」
「皆長いこと待っていたんだ。 列もそんなに長くはないし、後へつけ!」
こちらも少々むかっ腹も立っていたし、その上腹も減っているやらで、元気をつけてしゃべったので連中もぎくりとしたらしくよく通じた。
「ちぇ−!」 と言ったのもいたが、しぶしぶと5、6名の兵長が列の後についた。 だが一人だけはすでに丼を手にしていた。 列に並んでいた後任になる連中は、おおやってくれたぜというような顔をしていた。 それからの列の進行はスムーズに運んでいった。
私達もそれぞれの手に二つのうちの一つを持って、一つのテーブルに集まって食べた。 私は鉄火丼を初めて食った。 その時のマグロ丼の旨かったこと。 未だにその時の味が忘れられない。
当時品物不足が現われ始めていた頃でもあったが、海軍御用の業者によって売られていたようであった。 ご飯の上にぺロッと大きな1枚のマグロの切り身が乗っていた。 値段の割には旨く、若い私達ですら、量も腹九分といったところであった。
(続く)