2010年10月06日

回想録 『第12震洋隊物語』 − (15)

著 : 辰巳 保夫

 特攻兵器の猛訓練 (承前)

 9月下旬からはいよいよ本格的な夜間の襲撃訓練に入った。 日没ごろ訓練艇に乗り込む。 追浜沖のブイに係留停泊中の駆逐艦から上陸員がボートを漕いだり、内火艇に乗ってくるのにすれ違った。 我々は彼等とは逆にこれから沖に向かって夜間の訓練に出て行くのであった。

 この頃では、もう艇の操縦も心得たものとなり、エンジンが途中でストップするような無様なこともやらなくなった。 4つの部隊が同一の訓練艇を時間制で使用した。
 もう特別訓練の日も残り少なくなった頃、やたらと支給品の配給があった。 それも予科練時代いろいろと恩きせがましく、しかも少ない給金で買って食ったのと全く違う、全部無料支給であった。 菓子あり飲みもの缶詰ありで、ありがたく頂いた。 量もあり、頂くのはいつも決まって夕食後であった。

 夕食後はすぐ訓練準備にかかり、ゆっくり菓子類を食べる暇もなかった。 とかなんとかいって、ついつい救命ジャケットの内側に入れて訓練に出かけることがあった。 帰路の途中、もぐもぐという塩梅だ。

 といっても訓練中は絶対食いながらということをしなかったことをお断りしておく。 軍紀厳正、いやしくも死をかける訓練の最中で菓子をむしゃむしゃ食いながらやるとはなんたることだ! 副長にでも知れたらそれこそ大目玉が飛び出すのではなかっただろうか。 反省するというか、そんなことでは駄目だぞと自分で自分を叱ってはいた。

 訓練を終えて帰ってくる時の夜景を眺めながら、甘いものでも食うのはちょっと乙なものであった。 これは皆が皆、そうではなかったので誤解されないように。 私なんぞは魂の抜けたところがあったのかも知れない。

 西に日が沈む、東京湾に出て富士山を見るのが楽しみであった。 夕焼富士、それが秋は異様に赤くまた紫に変ってゆく、北斉の画いた絵のように。 だがやはり実物は何よりも美しい。 何回見ても見惚れる姿であった。
(続く)
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