著 : 辰巳 保夫
三重空よ、さらば (承前)
午後六時、「総員見送りの位置につけ」 の号令がかかり、我々は見送られる人となった。 いつもは送る側で卒業してゆく先輩達を見送ったものだ。 今はその逆である。
送る側は整然として行なわれるのが常であり、終って 「解れ」 の令のあるまで列を崩さなかった。 ところが、我々の列が庁舎前を過ぎて間もなく、突然見送りの列がわれわれの方へ崩れるように近寄って来た。 それからは両側から元気の溢れた在隊の者達に狭まれてしまった。
「頑張れよ。」
「ご苦労さま。」
「元気でやって下さい。」
「自分達の分までやって下さい。」
「大戦果を待っています。」
そんな声の中から、同期の桜が 「俺もすぐ後か行くからな」 といろいろの激励の言葉の数々が飛び交わされ、ついには怒号にも似た歓声に変ってしまった。
それからというものは我々200名は、その歓呼の声と人の波をかきわけ、かきわけして、やっとの思いをし隊門の外側まで出ることができた。
我々は列を正し、隊の方に向かい送ってくれた者へ挙手の敬礼をした。 次いで先任者の声で一斉に帽振れを行ない、夕日を背にした見送側の盛大な別れの帽振れを受けた。 白い帽子が紅に変り、赤そして黒くなってゆく。
今日の夕日はことのほか赤い。 松林をとおして伊勢の海がギラギラと見事な色に映えて輝く。 それはあたかも私達の前途を、そして成功を祝ってくれているかのようであった。
「散る桜 残る桜も散る桜」
私の七つ釦の制服の釦が五つになっていた。 どれほど見送りの模様がもの凄いものであったか ・・・・。
隊のバスで高茶屋の駅についた。 もうとっぷりと日は暮れ、田舎町のこのあたりでは駅舎の近くに、チラリ、ホラリと灯火がある程度であった。 私達を運ぶ列車が着くまで、まだ大分時間がある様子であった。
いつの間にか私の前に豊田分隊士が立っていた。 私は半ばびっくりした。 今日1日の忙しい日程であったため、もの待ちぶたさでついこっくりとしたところであった。
「身体に十分気を付けてくれ。」
「いろいろ御心配をおかけしました。 思う存分やります。 でっかいのを待っていて下さい。」
と私はつけ加えた。 分隊士は、
「君は七男だそうだな。」
と意味あり気に言った。 それ以後はもう分隊士との会話はなかった。 私は分隊士が傍に立っていることが、私の心中にせつない思いを感じさせた。 だから私は、分隊士がしばらくどこかに行ってくれないものかと、そんな気持にもなった。
分隊士は他の練習生には厳しかった上官の一人であった。 訓練の時など誰かが陰で鬼兵曹長と言ったのを聞いたこともある。 分隊士が横を向き、その顔に駅舎の明かりが薄く当たったとき、鬼兵曹長の頬に一条の線が走った跡があった。
( こんなあどけない者達が、自分達から進んで重大任務を、そして死んでゆくのか ・・・・。)
(続く)