2010年09月23日

回想録 『第12震洋隊物語』 − (3)

著 : 辰巳 保夫

 決死隊への志願 (承前)

 「練習生諸君に告げる。 今や戦局は重大時機に至った。 このことについては諸君は既に承知していることと思う。 私は諸君が海軍少年飛行兵として立派に巣立つ日を楽しみにしている。 諸君がこの航空隊を出て飛練へと進み、先輩に劣らぬ武勲輝やく空の勇士として前線で勇ましく活躍されることを願いつつ、毎日諸君の元気な姿を見守り続けてきた。 日本海軍としても諸君が一日も早く大空へ向かって羽ばたく日の来てくれることを待っているのである。」

 司令は一呼吸されたのち姿勢を正され、

 「さて、諸君にただ今この道場へ集まってもらったのは他でもない。 この度、海軍軍令部から特別任務を敢行するため特殊兵器を使用し、戦局の挽回策を計画実行することとなった。 諸君は程なくして卒業であることは万々、司令として承知している。 諸君の念願である空の勇士として進ませたい気特は変らないのである。 がしかし、この特別任務を行なえる者としては諸君以外にないのである。 それは諸君ほどに軍人精神の旺盛な海軍軍人も他にはない。 そこで諸君にこの重大な特別任務を引き受けて貰いたいのである。 司令としても、現在の諸君の立場を考えるとき、このようなことを伝えるのは真に偲び難い、断腸の思いである。」

 さらに司令は付け加えられた。

 「この中で、よし、俺がやろうという者だけでよい。 恐らく全員が志願してくれることだろう。 だが現状では全員というわけにもゆかないのである。 十分考えた上で、私の今話したことに対する返事を望む。」

 と結ばれた。 もう話の終る頃の司令の言葉は途切れ途切れになることさえあった。 再び注目の敬礼が終り司令は台から降りられた。 道場内は2千人余の人熱れで蒸し返っていた。

 次に台上へ参謀肩章を付けた海軍士官が上がったが、場内はし〜んと静まり返っていた。 しばらく沈黙が続いた。 無言のままで同僚の顔をちらりと見る者、黙想を続けている者、足元に目をやりじっと下を見ている者、顎に手をやって考えている者、口をきりりと結び腕組みをしている者、様々であった。 しかしいずれも皆紅顔の美少年であった。

 しばらく間を置いて副長から話があった。

 「諸君、事の内容は司令から伺ったとおりである。 司令のお気持を十分察してくれたことと思う。 司令も私も諸君を立派な飛行兵として育ててきた。 卒業間近かの諸君をいずれにせよ手離すことは真に残念でならない。 それでは特別任務を志願してくれる者は手を挙げて貰いたい。」

 ほとんどの練習生は待っていたとばかりに勢いよくその手を挙げた。 挙げた手で副長の姿も見えなかった。 俺は行くぞ、必ず行くぞ、と誇らしげに後を振り返って見る者もいた。 前後左右で、うん、とお互同志で頷き合う者もいた。 元気よく挙がった手は万花が1度に咲いたようであった。

 「よし、手を降ろせ。 ありがとう、ありがとう。」

 副長は目頭を押さえておられた。 四つ切りの半紙が間もなくして集まった総員に配られた。 副長は、その四つ切り半紙の1枚を左手で高く挙げ、

 「いま皆に紙が渡されたことと思う。 前にいる者から順番に鉛筆が回って行くと思う。 それでは記入の仕方を説明する。 書く要領は、2重丸は大熱望、丸は熱望、次にバツは志望しない者と、以上の様にして記入してもらう。」

 「ただし、2重丸以外の者は名前等一切書かなくてよい、○または×でよし。 2重丸を書いてくれた者だけは、誰が書いてくれたのか後で見ても判らないので分隊と氏名を同時に記入してくれるように。 念の為であるが、人員の制限もあり、大熱望が余り多い時はこちらで改めて人選をさせてもらうので承知されたい。」

 それぞれの記入が終り、半紙は集められ総員集合は解散となった。 自分は2重丸を書いたが、急に郷里の母の顔が浮んできた。 ばらばらと道場から外へ出た。 蒸し暑かった道場から出た途端、もう秋がすぐそこにやって来たかのように涼しさを感じた。

 頭上を明野ケ原を基地とする陸軍の戦闘機が割と低空で飛び去って行った。 「隼」(陸軍戦闘機)であろう。 急に飛行機に乗って空を飛んでいる奴が羨ましく感じた。 隊伍を整えながら兵舎へ帰る足取りが心なしか重く感じた。 俺は2重丸だったがどうだろうか? 選に入いれるであろうか? 意を決した後も何か複雑な心境は残った。
(続く)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/40880945
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック