2010年08月21日

「飛翔雲」 第6章 戦場回想 −その35

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 その3 ザンボアンガ (5)

 後で MOLE から聞いたのであるが、MOSCARDON は MOLE が挙銃を貸そうと言っても受け取らなかったという。

 彼ら5人の若者は、その翌々日ミンダナオへ潜入した。 そして、約一週間経って惨憺たる姿で帰って来た。 MOSCARDON がこの潜行中にどんな行動をしたか詳しくは解らなかったが、帰って来てから4、5日して MOLE の家で会った時、一行の全身は刀傷、打撲傷、火傷で目も当てられなかった。

 それでも彼は、自分が素手であったことを後悔はしていなかった。 彼がその時私に言った断片的な言葉を繋いでみると、次のようであった。

 「フィリピンの繁栄のためには、フィリピン人は古い陋習 (ろうしゅう) を破って、総ての人が平等に働かねばならない。 土地は公平に分配すべきだ。 そのためには、先ず、身分家柄を無くして部族の族長や長老の家系の人達も働かねばならない。 これを実現しようとすれば部族内に争いが起こるし、それぞれの部族の受け入れようによっては部族対部族の対立闘争も当然起こるだろう。 そうなれば、最も悲惨な殺教が行なわれることを私はよく知っているが、それを恐れていては永遠に私達の部族は良くならない。 ひいてはフィリピンの繁栄もあり得ない。 私は、どんな反対があってもこの考え方で族長達を説伏する。 失敗して命を失うことがあっても後悔はしない。」

 と言うのであった。 私は、すさまじい彼の気魄に庄倒される思いであった。 また、彼は次のようにも言った。

 「私の一族は皆貧乏で、生活程度が極めて低かった。 幼い頃、私の姉は自分で魚を獲って私の飢えを救ってくれた。 また、部族全般の宗教儀礼のために、家族単位で猪や鶏や麻布を供出しなければならないことがあったが、貧乏な私達にはそれができないので、姉は私達弟妹を連れて労働力を提供した。 私は小さい妹と、部族の長老の土地の焼き畑に穴を堀って籾を蒔いた。 妹が焼け杭につまずいて怪我をして、よく泣いた。 私は妹が可哀そうでくやし涙が流れた。 こんな因習は、必ず打ち破ってみせる。 殺されてもかまわない!」

 彼の眠光は爛々と輝いていた。 暫くしてから、私は彼に尋ねた。

 「君の御両親は、その頃君をどのように労わってくれたのか?」

 と。 すると彼は、

 「父は妹が生まれた翌年に死んだ。 母は父に代って懸命に働き、疲れ果てて病身になった。 それでも私達が家に帰ると、母は私達の衣類の繕いを止めて雑炊を私と妹に与えてくれた。 母が何も食べていないのを私は知っていた。」

 と言って彼は俯いたのであった。 私も顔を上げることができなかった。


 私は今、殺された息子を想って空ろな目を暗い空間に投げているマダムを見て、MOSCARDON の母親のことを想い出すのであった。 今、ホロ島で殺された2百人の青年の母親は、このマダムのように放心しているだろう。 そして、暮夜ひそかに息子を想って慟哭するだろう。 死んだ息子はそれでいいのであろうか?

 飯店の中は蒸し暑かったが、私の背中からは冷たい汗が流れた。 ふと気がつくと、マダムは奥に去って部屋には私一人であった。 コカコーラが一本側に置いてあった。 私は店を出て、町の中心部に向かって走るように立去った。
(続く)
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