2010年08月18日

「飛翔雲」 第6章 戦場回想 −その32

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 その3 ザンボアンガ (2)

 飛行機を降りると、空港長の SANTOS 氏と空港管理人が出迎えてくれたが、もう一人、戦争中日本軍に協力し、戦後暫くミンダナオの山中に逃げていたという老人が、空港ビルの陰でひっそりと迎えてくれた。

 この老人は私の経歴を調べたらしく、

 「Admiral TAKAHASHI、あなたは昔この飛行場に着陸したことがあるでしょう? あれから30年振りですよ。 ようこそお出で下さいました。」

 と言った。

 私達は二人に案内されて空港事務所に向かった。 北緯7度、気温は35度を越えている。 さすがに暑い。 ワイシャツの襟に汗がたまり、肌着が背中にべたついた。

 所長室の入口に着くと、黒いスーツを着たタイピストがいきなり椅子から立って、

 「Welcom ! My PAPA !」

 と言ったので、30年前のことが走馬燈のように頭の中をよぎった。

 「Good afternoon ! My granddaughter !」

 と答えて、つくづくと彼女を見ると、どこかで見たような顔であった。

 余談になるが、この娘達の祖先の一部族は、フィリピン群島から更に北上を続け、台湾に住みついて台湾蕃族の祖となった。 現在、その部族達の一部は中国人と雑居して、いわゆる熟蕃 (文化的に同化した蕃人という意) と言われながら西部に住み、一部は原始的な生活を続けながら東部の花蓮港の周辺部に住んで、生蕃と言われている。 日本が台湾を統治していた時代は、高砂族と呼んだ。

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( 原著より  昭和9年2月12日練習艦 「磐手」 後甲板にて )

 昭和9年、遠洋航海で台湾の基隆港に立ち寄った時、その生蕃の酋長が娘を連れて練習艦磐手に見えたことがある。 その時艦上で 「At home」 があって、酋長の娘が、

 「夕空晴れて秋風吹き、月影落ちて鈴虫鳴く。 想えば遠し故郷の空。 ああ、わが父母如何におわす。」

 と寂しそうに唄った。 私はその時、彼女の唄う故郷の空というのはボルネオの空であろうと思ったことを覚えているが、今私の目の前で 「My PAPA」 と言って笑っているお茶目なタイピスト嬢は、この時の酋長の娘とそっくりであった。

 余談はさて措いて、この飛行場は ZAMBOANGA 市の北西郊外にあって、隆起した古世代の珊瑚礁の岩盤の上にある。 ランウェイは東西に長さ2千米、巾30米、パーキングエイリヤは2百米、5百米の矩形で、空港ビルは建坪約千平方末の2階建であった。

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( 原著より  筆者再訪時の ZAMBOANGA 空港全景 )

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( Google Earth より )

 格納庫は5百平方末くらいの私有のものが4棟あって、セスナ、ボナンザ、バロン、マスキートーが2、3機ずつ格納されていた。 マニラ及びセブとの間に飛行便が一日3往復あって、BAC−111、DC−3、DC−8が就航していた。 フィリピン空軍のC−123、F−86、FOKKER が数機駐在していた。

 1630頃、空港の調査は済んだ。 私は空港の主要メンバーを夕食に招待し、Hotel (LANTAKA) へ送ってもらった。

 この Hotel は町の中央の海岸通りに画し、鉄筋六階の立派なホテルであった。 裏側は埠頭に接し、地階の窓から釣りができた。 窓を開けると浜風が部屋を吹き抜け、潮の香りが一杯になった。 南方約5浬にバシラン島が見え、港区は南東に開け、波静かで水はコバルト色に澄み、埠頭の近くで漁夫がカヌーで魚貝を採っていた。

 私の部屋は3階の海側であった。 ボーイに案内されて部屋に入ると、部屋の中は蒸し風呂のようで電燈もつかず水も出ない。 ボーイが気の毒そうに解り難い英語で説明を始めた。

 今、ホロ島でモロ族が反乱を起こし、政府軍が出動している。 モロ族の一部はホロ島から ZAMBOANGA 周辺部に潜入してゲリラ活動を始めた。 今までのところ、テロは起こっていないが、政府の厳しい命令で、電気と水道は午前零時から3時までしか使えない。 しかし、食堂はいつでも開いているし、冷たいビールをサービスすることもできる。 外出はこの町の人々は10時までであるが、外国人の貴方様に制限はない。 ただ、町は燈火管制で真暗だから、この国の女性を連れて10時以降街を歩かないようにしてくれ。

 ということであった。 戒厳令は厳しかったが、厳しければ厳しい程、その令下で生活している市民の様子を見る価値がある。 私は急いで街頭に飛び出して行った。
(続く)
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