2010年08月16日

「飛翔雲」 第6章 戦場回想 −その30

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 その2 セブ島 (15)

 11時半頃、空港事務所の入口で、空港長 Mr. ESPINA の秘書 Miss. CARMEN に迎えられ空港長室に入った。 早速、空港長の紹介で各部長に会った。

 正午、この国の航空局長 General SINGSON が見え、マクタン島の北東岸にあるこの島の別荘地に案内された。 この別荘地の開発者でセブ市の観光会社の社長が、私達と局長を始め部長クラスの局員を午餐会に招待してくれたわけだ。

 会場は、ココ椰子の林立する白砂の海岸であった。 椰子の幹を麻縄で結び、その上を 「ニッパ」 で葺いて日除けにして、砂地の上に長い食卓を置き、食卓の上にタロイモの葉を敷きつめて山海の幸が山のように盛り上げられ、ブーゲンビリヤやハイビスカスの花が活けてあった。

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( 原著より  マクタン島北東岸のパーティー会場近くの海岸  )

 直ぐ前は海で水は清く澄み、珊瑚礁の上を泳いでいる色とりどりの魚が手にとるように見えた。 空は碧く晴れて陽光は強かったがまぶしくはなく、海風が涼しく頬を撫でた。

 形式的な儀礼もスピーチも無く、航空局長の乾杯で宴が始まった。 御馳走の中の逸品は、海草に生みつけた白いキャビアのような魚の卵と、エビと蟹、サザエと牡蠣、赤いパパイヤとマンゴーであった。 椰子の木蔭で猪の串刺しを椰子炭で焼いていたが、これもなかなか乙な味であった。

 接待の女の子は、秘書の Miss. CARMEN と準ミスフィリピン達3人であった。 この3人はスペイン人との混血で、純白で豊艶な肉体にホットパンツとブラジャーという姿で、『巧笑倩兮、眉目ふん兮』 (こうしょうさいたり、びもくふんたり) ( 「ふん」 は 「目」 偏に 「分」 ) という風情であったが、脳が少し弱いらしく、盛り上がった胸や露出した大腿をしげしげと見つめても失礼にはならないような気安いお色気を発散していた。 会話は英語で、手振り足振りを加えてお互いの気持は十分に通じ合った。

 宴の途中で、遥しい裸体の青年が会場の浜辺にカヌーを漕ぎ寄せて、目の荒い打網を肩に掛け、1米もある鮫の子を披露し、その料理法を説明してくれた。 鮫皮のすぐ下の脂肪と筋肉の中間を刺し身のように切って、さっと熱湯を通して塩味で食べるのが一番うまいと言う。 娘達は説明は上の空で、青年の筋骨隆々たる胸と腕をまぶしそうに見ていた。

 このような楽しい会合を、この国の人々は千数百年間もこの場所でやってきたという。 この場所が部族間の論争や和解の場になったり、結婚や葬送の式場になったり、政策決定の場になったりしたというのだ。

 ここが日本の縄文弥生時代のストーンサークルや、大和の笠縫邑や出雲大社の神々の宿舎前の広場に匹敵するというわけだ。 大和時代のような社会が、この国では今も続いているのかと思うと楽しかった。

 午後3時頃、午餐会は終った。 準ミスフィリピン達3人の娘は、豚の運搬用のトラックに乗って、手を振り振り砂塵の彼方に去って行った。 砂塵の中に浮かんだ彼女達が、この宴の最高の見せ場であった。

 彼女達が椰子の葉のロングスカートをつけていたら (戦争中はそうだった)、この宴の幕切れは満点であったと思いながら、私達も彼女達を迫ってマゼランホテルに向かった。
(その2 終わり)
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