2010年08月14日

「飛翔雲」 第6章 戦場回想 −その28

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 その2 セブ島 (13)

 戦後、フィリピンは独立したが、それは独立党の青年達の力によるものではなく、敗残ゲリラの力によるものでもなかった。 他国から与えられた独立であった。 そして、独立党は今も引き続いて地下で活動しているのである。 その綱領は、相変らず部族集団の自治ということらしい。

 30数年前を回想しながら歩いているうちに、MOLE の丘が段々と近づいてきた。 私は彼女に会える一緒の望みがあると思いながら歩いた。

 それは、彼女は行動的ではあったが、一面には平凡で静かな生活が好きだった。 愛する人のためにはどんなことでもしたが、静かに愛されることをいつも待っていた。 だから、もしかしたら彼女はあの丘のパパイヤの叢林のほとりに住みついて、ひっそりと誰かの帰りを待っているかも知れないと思ったのだ。

 私は息をはずませて丘の麓を北側に回った。 しかし、そこには家も畑も庭もなく、ただ茫漠とした原野が裏山まで連なっているばかりであった。 私は小川の辺りに佇んで、サンパギータが咲いていた庭のあたりを眺めながら、彼女に話しかけた。

 「MOLE ! 私の作戦メモの欄外に、5月12日、Miss. MOLE と書いてある。 君はこの日の夕方、蘭の花が匂う庭の芝生で、二人で眺めた星空を覚えているだろう? ポインセチアの茂みの側に囲炉裏があって、蝋燭の火が揺れていた。 君は歌が上手だった。 淋しい声で南部の民謡を唄うと、私は故郷の山河や母の顔が浮かんできて涙が流れた。

 いつだったか、君が独りでいる時、突然訪れると小躍りして喜んだ。 私がマンゴーが食べたいと言うと、高い小枝に登って採ってくれた。 椅麗な脚とお尻が見えた。 楽しい青春だった。 30年後の今、これらのことがとても懐かしい。 しかし、君はここにもいなかった。 MOLE ! 長生きしてくれ! いつかは必ず君に会う!」

 灼熱の太陽がそろそろ輝き始めた。 早くホテルへ帰れと私に告げているようであった。 仕方なく私は MOLE の丘を去った。 ホテルへ帰り着いたのは9時に近かった。
(続く)
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