2010年08月11日

海軍における挙手の敬礼 − 後編

 一方の旧陸軍はどうだったのか。 私は陸軍は専門外ですが、判っている範囲でお話ししますと、

 明治6年制定の 「陸軍敬礼式」 では、次のとおりとされています。

    「 第六条 将校の敬礼は帽の紐を顎に掛けるときは右手を挙げて帽に及ぼす若し紐なき時は帽を脱す」


    「 第七条 下士官及び兵卒は帽の前庇の右側に右手を当て掌を外面に向け肘を挙げて肩に斉くし敬すべき人に注目す (後略)」


 つまり、将校についてはまだ脱帽の伝統・習慣が残されていることが判ります。 そして将校も全て挙手の敬礼となったのは明治20年のことです。

 即ち、明治20年に 「陸軍敬礼式」 が全面的に改正され、新たに制定された 「陸軍礼式」 中の 「乙 室外の敬礼 其一 通則」 において、次のとおり規定されました

    「 第一項 軍人室外の敬礼は挙手注目とす其法姿勢を正し右手を挙げ諸指を接して食指と中指を帽の前庇の右側に当て掌を稍外面に向け肘を肩に斉くし受礼者又は敬すべきものに注目す」


 そして注意すべき点は、旧陸軍においては既に明治6年の時点において、挙手の敬礼で肘の高さが規定されている点です。 これによって敬礼の“形”がかなり制限され、明確となっています。

 これに対して旧海軍では、敬礼の要領及び “形” については、艦上を含むその場その場の状況に応じた “臨機応変” な対応を求めています。

 このことは、「海軍礼式令」 の次の規定でも明確にされています。

    「 第十二条 本式に規定せざる場合若くは艦船の構造運用上及び演習等に依り本式の規定を運用すること能はざるときは適宜之を取捨することを得」


 つまり、敬礼はその形式的な “形” の画一性には必ずしも拘らない、本来の本質や規定の主旨を踏まえていればよい、ということです。

 この様な規定は旧陸軍にはありません。 全体としての形式の画一性を求めることが旧陸軍の特徴とするなら、これが旧海軍の “科学的合理性” という特徴の現れと言えます。

 とは言え、旧海軍においても教育訓練においては、まず何等かの “形” を教えなければなりません。 特に海兵団や兵学校などにおいて、一度に数十人、数百人に教えるような場合に置いては、その教育内容の統一を図るために “基本の形” を決める必要が出てきます。 これの一つが、先の記事において例示した海兵団における “模範形” の写真であるわけです。

 しかし、何度も申し上げるように、これが 「正式」 な形であるわけではありません。 あくまでも教育訓練上の “一つの形” であり目安に過ぎないわけです。

 これは、今次大戦の末期にその一部において行われた、極端な、いわゆる今日流布される 「海軍式敬礼」 と言われるものについても同じことです。 それも “一つの形” なのです。

 が、それら臨機応変に行われる (理由は様々ですが) ものの一つ一つを 「正式」 とは言いません。 規則に定められたものの “応用・適用” の一つに過ぎないわけです。

 もちろん、旧陸軍のような肘を肩まで上げた敬礼をしたとしても、その時の状況などによってはあり得ないわけではなく、しかも “誤り” ではありません。 「海軍礼式令」 の規定を外れない限り、それも一つの “応用・適用” なのです。

 旧海軍の科学的合理性とはこういうものです。
(この項終わり)

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海軍式敬礼?
           http://navgunschl.sblo.jp/article/39335366.html

海軍における挙手の敬礼 (前)
           http://navgunschl.sblo.jp/article/40065243.html

海軍における挙手の敬礼 (中)
           http://navgunschl.sblo.jp/article/40083250.html

海軍における挙手の敬礼 (後) ← 現在の頁

posted by 桜と錨 at 10:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
 なるほど、非常に参考になりました。
 思い込んでいることって、随分とあるものですね。
 
Posted by hush at 2010年08月11日 20:23
 hush さん

 千変万化する海を相手にする、船乗りならではですね。
Posted by 桜と錨 at 2010年08月12日 15:30
桜と錨様

海軍における敬礼の発祥と発展、分かり易かったです。これほどまでに平易かつ詳細に解説をされた方は今までいなかったでしょう。大変勉強になるとともに、自分の稀薄な知識にうぬぼれていたことを恥じる次第であります。

今も海軍式敬礼の出所等を調べているのですが、戦後に出された回想録や水交等をあたっているところです。水交については戦後再発足から昭和三
五年代分までを入手したのですが、どこにもそれ
らしい記述がありません。戦後の話題にすらのぼ
らないところをみると、どうやら海軍式敬礼なる
ものが存在しなかった、と見るべきだと現在では
認識いたしております。あとは、戦中に指導され
たとされる点についてあたるしかないか、と思う
次第であります。現時点では、終戦直前頃陸軍と
海上戦力が皆無に近くなった海軍との合併に対す
る海軍の「反発」から発生したものなのか・・・
と推測しております。桜と錨様の御意見を拝聴い
たしたいと思います。
Posted by へたれ海軍史研究家 at 2010年08月20日 06:06
 へたれ海軍史研究家さん

>御意見を拝聴いたしたい
 「たいい」 「だいさ」 の件もこの敬礼の件もそうですが、大戦中に一部で行われたことが、戦後そのまま海軍全体としての正統・正当なものとして広まってしまっている事実があることはすでに申し上げてきたとおりです。

 では何故そうなったのか、あるいはその発端がどうだったのか、ということについては私は知りませんし、申し訳ありませんが今のところ調べる余裕も関心もありません。

 したがって、後は貴殿の調査成果に期待することになります。
Posted by 桜と錨 at 2010年08月20日 15:24
桜と錨さん、私も学生時代、敬礼は習いましたが、如何せん、先生が戦後生まれの海軍体験の無い方でしたので、残念ながら陸軍式を教えておられました。

私は中学の頃より、旧海軍には興味があり学んでいましたので、正式な海軍式でしたが…
現役の海上自衛官でも知らない者がいますからね…軍艦旗の赤帯16の意味も知らない者まで…

映画「男たちの大和」のラストシーン、仲代達矢さん、残念陸軍式でしたね!
演技指導不足です。
Posted by GAIYA at 2010年10月02日 22:50
 残念ながら、記事にも書きましたように、仲代達矢氏の敬礼はあれで間違いではありません。 そして揺れる小舟の上ではあの方が体のバランスが取りやすかったことでしょう。
 ただ、GAIYA さんも言われるように、海軍好きの視聴者の方々を考えると、映画の画面効果としては所謂世間一般に言われる典型的な “海軍式敬礼” にしておくべきであったかと。
 もっとも、あの撮影の現場には考証・指導関係者や海軍のことが判っている人は誰もいなかったのですが(^_^;
Posted by 桜と錨 at 2010年10月03日 00:11
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