著 : 高橋 定 (海兵61期)
第4話 航空母艦と航空事故 (10)
その4 母艦機の事故 (承前)
敵の母艦群が視界に入るのを今か今かと待ちながら、30分が経過した。 行動燃料の余力は、艦攻、艦爆隊が1時間、艦戦隊が2時間であって、更に、30分間の南進が可能だ。
敵の逃げ足は速く、艦影はなかなか見えない。
14、5分経った頃私の脳裏に激しい不安が閃いた。 それは、もしかしたら先刻の台風の卵の西方に敵の母艦群がいたのではあるまいか? もしそうだとしたら、急いで西に変針しなければ私達の槍先が敵に届かなくなる。
ここで、更に30分間南進を続けるか? 西に変針して1時間索敵をするか? (もし西に変針すれば私達は扇形行動になるから、1時間索敵ができる計算になる。) 二つに一つの選択に迫られた。
今、敵の予定地点より10浬南進している。 視程40浬を加えると、予定地点より50浬南に敵はいない。 今直ちに西に曲がって敵を求める方が正しいではないか?
それとも、敵の逃げる方向はニュージーランドの方向であろうし、敵の推定位置は私達が出発する時3時間の遅れがあったから、あと70浬南東にいる公算もある。 このまま南進すべきか? 迷っていたら間に合わない。
「右245度に変針せよ。 隊形はそのままとする! 急げ。」
と下令した。 5千米の正面巾の54機は、90度右に変針を始めた。 目的地は、30分前に航過した台風の卵の南西の海面である。
15分ばかり経つと黒雲が右前方に見え始めた。 私は再び高度を上げながら15分、高度6千米、祈る思いで敵を求めた。 後30分!
それも遂に空しく過ぎてしまった。 敵を求めて既に4時間近い。 私の判断のどこに錯誤があったのであろうか? (この前方90浬ガダルの方向に敵はいたのであった。)
「反転帰投する。 爆弾、魚雷は特令するまでそのままとせよ。 基準針路340度。」
無念であった。 全機は5千米の正面巾を縮め、長蛇の航行隊形へと転換しながら変針を完了した。
これからが大変であった。 もし翔鶴の背中の損傷が復旧していなければ、全機54機が 「瑞鶴」 一艦に着艦しなければならない。
一機20秒間隔で着艦しても約20分を要するが、燃料の余裕は15分しかない。 航法誤差が20浬出たら、更に10分間の燃料が不足する。 しかも、日没は7時45分、母艦艦上到着は8時半を過ぎるのだ。 どんなに幸運でも、約10機は駆逐艦の側に着水しなければならなくなるだろう。
私は保針と一定気速の保持に専念した。 この頃、
「隊長! 艦爆が9機おりません!」
と偵察員が言う。
「何っ! よく見ろっ!」
「ハイッ! 先刻から何回も数えているのですが、うちの艦爆隊9機が見えません。」
「石丸中隊だな?」
「そうですっ!」
「よしっ、心配しなくてもいい。」
と私は言った。
(続く)