2010年06月17日

古都金沢散策 (5) − 金沢城趾 その1

 金沢市内散策と言えば、「金沢城趾」 と 「兼六園」 は絶対に外せないところです。 まず現在では 「金沢城公園」 となっているその金沢城趾から。

 金沢城趾と言えば、その代名詞とさえなる 「石川門」 でしょう。 ここを目指せば城趾と兼六園との2つを散策するのに便利です。

 明治期に下のお堀が埋め立てられて、戦後は公園となっております。 通常の散策ルートからはちょっと外れますが、私的にはこのお堀公園から見上げる石川門が一番だと思っています。

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 昼間は勿論ですが、夜のライトアップされた姿もここからがいいですね。 (金沢城趾の夜景はまた後でまとめてご紹介します。)

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 普通に散策される場合は、この兼六園桂坂入口前付近からのこの眺めが最も有名なものでしょう。

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 そして48年前の 「38豪雪」 時の雪の石川門です。

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 では、兼六園桂坂前から石川橋を渡り、この石川門から中に入って散策することにします。

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 石川門は典型的な 「枡形門」 と言われるもので、「一の門」 「二の門」 の2つの門と櫓及び石垣塀に囲まれた、その名の通りの枡形になっています。

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 この 「石川門」  1759年 (宝暦9年) の火災で城のほとんどを焼失した後、1788年 (天明8年) に再建されたものだそうで、国の重要文化財に指定されています。

 石川門を入ると 「三の丸跡」 で、現在は何もない広〜い 「三の丸公園」 となっています。

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( 案内パンフレットから )

 そしてその向こうに、最近になって復原された 「五十間長屋」 や 「河北門」 などがデデ〜ンと目の前に広がります。

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( 奥の一連の建物が左から 「橋爪門続櫓」 「五十間長屋」 「菱櫓」
  そして右端手前が 「河北門」  木がかなり邪魔ですが (^_^; )

 昔しか知らない私などにとっては、ちょっとビックリです。 え〜、何時の間にこんな風になったの? と。

 私が住んでいた頃は、まだこの城趾内は金沢大学の構内であり、丁度この三の丸跡には確か教育学部の木造建物が並んでおり、もちろん現在の復原物はありませんでしたから、非常に殺風景なものでした。

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( 昭和45年防大夏季定期訓練移動時の輸送機上より
  既に大学の校舎は木造から鉄筋コンクリートのものに )

 今年4月に復原が完成したばかりの 「河北門」 ですが、この三の丸側から見るとちょっと “取って付けたような” 違和感があります。 真新しいせいばかりではなく、門だけでその周りに続く部分が無いからでしょうね。

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( 広い公園の中にこれだけがポツンとあると・・・・ )

 外側 (「新丸」側) から見るとそれらしくは見えるのですが・・・・

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( 左が河北門、右が菱櫓 )

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 その一方で、「五十間長屋」 とその両端にある 「菱櫓」 と 「橋爪門続櫓」 は、平成13年の復原完成ですから、多少時間の経過もあるせいか堂々とした昔の趣を伝えてくれます。

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( 菱櫓と内堀  この櫓、平面形はその名の通り四角でなくて菱形です )

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( 橋爪門続櫓と橋爪門 )

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( 二の丸跡側から見た五十間長屋 )

 この五十間長屋などは内部を見学できるようになっています。 入館料300円。 当然今回はパスです (^_^;

 そしてこれらと続く、「橋爪門」 もこの景色にプラスされてなかなか良い風情を出しています。

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( 橋爪門と同続櫓 )

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( 橋爪橋上から  左奥は石川門 )

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( 裏側 ( 「鶴の丸」 側) から見る )

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( 橋爪門から五十間長屋方向を見る )

 この 「橋爪門」 も、元々は 「石川門」 や 「河北門」 と同じ様な枡形門だったようで、行く行くはその様に再復原されるとも言われておりますが、さてどうなりますことやら。

 それにしても、改めてこの復原された金沢城趾を見ますと、立派なお城だったんですね。 さすがは加賀百万石です。

 とはいえ、その歴史を見ると、金沢城は大火による焼失被害が頻繁に起きています。 大きなものだけで過去6回。 お城とはいえ元来が木造建築物なので火に弱いのは当然としても、ここまで多いとちょっと、と考えてしまいます。
(この項続く)
posted by 桜と錨 at 18:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 古都金沢散策(完)
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