2010年05月12日

「飛翔雲」 第5章 航空事故 −その29

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第2話 気象による事故 (13)

   その3 海の恐怖 (承前)

orig-451g_s.jpg
( 原著より )

 1300、湾口を出て江田島をクロックワイズに回って南下し、1430頃、音戸の瀬戸の入口に着いた。 ここで小さいトラブルがあった。

 北島が、

 「追潮の最盛期だから30分間潮待ちをする。」

 と言う。 福井は、

 「今直ぐカウンターカレントに乗って瀬戸を突っ切ろう。」

 と主張する。

 「カウンターカレントは複雑でよく解らんから危険だ。」

 「解らんことはやってみなけりやいつまでも解らんっ!」

 「それはそうだが、今やるのは無茶だ。」

 「無茶ではない。 体験を積む絶好のチャンスだ。」

 「体験とは易しいことから一歩一歩積み上げていくべきものだ。」

 この論争は北島に理があったので、彼の提案に従うことで衆議決定。 福井はプンとふくれてケビンへ去ったが、直ぐに気嫌を直して皿に大福餅を盛ってデッキに上がって来た。

 北島が喜んで大福餅を頬張ると、餅のアンコが生の牛肉のミンチに入れ変えてあったので、怒って福井を追い回しているうちに潮時が来て出港し、音戸の瀬戸を抜け、安芸灘の広場に出た。 右舷西方に倉橋島が見えた。

 この島の南岸には、七世紀 (663年白村江の戦の頃) のドライドックの跡があるが、遺蹟調査は冒険航海と直接関係がないので予定に従って針路を東にとり、広島県の海岸の町、仁方、川尻の沖を通って第一の寄港地大崎上島に向かった。 空も海も鉛色で視界が悪く単調な航海であったが、私達だけの航海が無上に嬉しく楽しかった。

 1730 薄暮が迫る頃、船は大崎上島の北岸の半円状の入江に入って錨を入れた。 上陸は許されていなかったので、ケビンに集まってスキ焼きを食べ、汁粉を飲み、ハーモニカの伴奏で流行歌を唄った。

 8時頃雪になり、窓枠に当る風は柔らかく、舷側に砕ける波の音も子守歌のように優しかった。 一人ずつ順番で当直に立ち、6人が抱き合って眠った。

 翌28日は快晴無風で、大崎上島の山々が雪化粧をしていた。 海面は鏡のように凪ぎ、日の出前の水はダークブルーで重そうであった。 今日のコースは大崎上島から南下し、来島海峡を抜けて備後灘に出て東航し、因島を回って尾道港に入る予定であった。
(続く)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/37946600
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック