2010年05月08日

第2次大戦における艦艇の戦闘被害

 某巨大掲示板にて艦艇の機関配置に関連して戦闘被害のことが話題になっていました。

 その話題に直接関するお話しはともかくとして、そう言えば、第2次大戦における艦艇の戦闘被害について纏まったものというのが意外に無いよね〜、と思ってしまいます。

 もちろん個々の艦艇の状況については、出版物でも様々なものがありますし、原典史料たる 「戦闘詳報」 なども既に公開されているものもあります。

 しかし統計データ的なものは? それも、一般の方々が入手可能な出版物や資料としてあるんだろうか?

 ということで、海自部内にはかつてこんなものもありました、というものをご紹介します。

 まず最初は、『第2次大戦における艦艇の戦闘被害』 というもので、かつて旧ソ連で研究された文献集を米国の有名な研究所 「David Taylor Model Basin」 がその中から英語で編纂し直したものを、昭和45年に邦訳したものです。

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 各国の水上艦艇について、空母、戦艦、巡洋艦及び駆逐艦ごとに、魚雷、航空爆弾、機雷などによる被害形態別に簡単に分析したものです。

 ソ連において情報収集したものですから、個々の艦ごとにはかなり精粗の差があるものの、統計的に見る分には充分で、この観点からすれば貴重な内容です。

 もう一つが、『戦史・艦内防禦参考書 大東亜戦争中の水上艦艇戦闘被害の集計』 というもので、昭和31年に当時利用できる史料・資料に基づいて集計したものです。

battledamage_ww2_2_cover_s.jpg

 前述のものと似たところがありますが、日本及び連合国別に、艦艇の沈没(喪失)状況と沈没・喪失以外のものの損傷状況について纏めたものです。

 こちらも今日の目からすれば、当時の使用可能史料・資料の点からしてとても完全なものとは言えませんが、それでもこれだけ纏められていれば、研究のスタートとしての基礎資料としては充分なものがあると考えます。

 両者とも相当に古いものですから、現在では当の海自自身にさえ残されているのかどうか判りませんが、この方面に興味がある方のご参考として。
posted by 桜と錨 at 17:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
これは読んでみたいですね。
海上自衛隊は研究文書等を残そうとか、公表しようとか考えないのでしょうか?

旧海軍文書よりよりも読む機会が少ないです。
Posted by 出沼ひさし at 2010年05月09日 14:22
 出沼ひさしさん、こん**は。

>研究文書等を残そうとか、公表しようとか

 基本的にはありません。 最近 「朝鮮動乱特別掃海史」 や 「航路啓開史」 などが公式HPで公開されましたが、これなどは極めて特異な例です。 それは海自の 「25年史」 や 「50年史」 さえ公開されていない現状をみれば明らかかと。

 もっともこれは政府・旧野党 (旧社会党や共産党など)・マスコミ・国民がそうし向けたせいでもあります。 「三矢研究」 などその最大の例でしょう。 自衛隊としては当たり前の研究をしてきただけにもかかわらず。

 一方的かつ不合理に延々と虐げられてきた自衛隊が “火のないところに煙は立たぬ” “触らぬ神に祟りなし” “臭いものには蓋をしろ” となって、自分で自分の足跡を消しながら歩くようになるのは自然の成り行きと思います。

 当然、不要となった文書類はどのようなものであろうと廃棄・処分となります。 残しておくと、後から何時何処でどの様な “因縁” “難癖” を付けられるか判りませんから。

 それに文書担当者にしてみれば、ただただ保管・管理が面倒なだけで、それをやったからと言って何の勤務・能力評価にも繋がりません。 ご紹介したような私が複製した古い資料も、たまたま部隊や機関にバラバラに残っていたものを見つけただけに過ぎません。

 最近なって 「海上自衛隊の歴史保存に関する達」 や 「同達の制定主旨及び運用方針」 が制定されましたが、既に遅きに失しており、また組織中に染み着いた上記体質がそう簡単に変わるわけでもありません。 先の記事の 「海自射撃術科史」 が編纂されないのも同じことです。

 もちろんそれが良いこととは決して思いませんが。
Posted by 桜と錨 at 2010年05月09日 16:10
>既に遅きに失して
そうですね。
旧海軍の遺産を引き継ぐ経緯、新88艦隊策定の経緯、護衛艦艇建造計画などは興味がありますが、もう残っていない文書も多いでしょうね。
残念ですが、政府を選んだ私を含む国民の側にも責任がありますから、しょがないですね。
Posted by 出沼ひさし at 2010年05月11日 01:12
>新88艦隊策定の経緯、護衛艦艇建造計画

 こういうものでキチンと文書が残されているのは内局の担当者のところです。

 大蔵省 (現財務省) への予算説明や国会での答弁の資料を纏めるのはこの内局の担当者ですが、海幕が説明してきたことなど、過去の経緯と寸分違わぬものを作る必要があります (でないとまた野党やマスコミに言葉尻を取られますので)。

 しかし彼らは何年かする変わる官僚たる小役人、つまり単なる文官の素人さんですから、担当者は自分の所掌範囲についてだけはしっかりと資料を持っておくことが仕事の一つです。

 したがって、海自の実際の検討内容はともかく、制服組が内局の小役人に説明したものだけはシッカリ残されているはずです。 もちろん歴史史料という観点とは全く関係なく、ということは申し上げるまでもありませんし、逆に都合の悪いものが残るはずはありません。

(もっとも、元々都合の悪いことを制服組が内局の小役人に説明するはずもありません。 制服組にしてみれば、彼らは決して “味方” でも “身内” でもありませんので。)
Posted by 桜と錨 at 2010年05月11日 21:23
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