2010年05月02日

海自苦心の足跡第1巻 『射撃』

 旧海軍及び海自のOBが主体となる (べきはずの) 財団法人 「水交会」 から海上自衛隊の発足当時からの各術科 (専門分野) 別の回想録である 『海上自衛隊苦心の足跡』 の第1巻 『射撃』 が刊行されました。

 私も早速入手しましたので、皆さんにご紹介したいと思います。

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 海上自衛隊も創設以来既に50余年を過ぎ、その創設期からの初期のことを知る人も段々と鬼籍に入られる時期になりました。 このため、射撃や航海、船務などの術科別に当事者達の生の声を今の内に残さなければ、ということから本シリーズの編纂と刊行が立ち上がりました。

 その第1巻がこの 『射撃』 で、創設期から海自における全ての術科をリードしてきたのが射撃術科であることを考えれば、当然の成り行きと言えます。

 本回想録は全600頁で、次の8部と付録で構成されています。 ( ) 内は収録記事数

   第1部 創設期 (伝承) (5)
   第2部 砲及び射撃指揮装置の変遷と苦心 (48)
   第3部 ミサイルの登場と 「あまつかぜ」 (11)
   第4部 「たちかぜ」 を始めとするデジタルシステムへの躍進 (25)
   第5部 弾薬の開発・戦力化の苦心 (6)
   第6部 教育への情熱 (教育機関) (17)
   第7部 訓練支援等の苦心 (3)
   第8部 射撃分野が関係した行動、事案等 (8)
   付録 海上自衛隊射撃関連年表

 8部で合計123編、項目間では著者の重複もありますが、これは仕方のないことでしょう。 内容は創設期から昭和60年頃までが主体で、一部には平成のものも含まれています。

 評価ですが、現在までにこれに類するもの、そして海自の射撃に関するもので刊行されたものは他にありませんので、この方面に興味のある方は入手されて決して損のないものです。

 特に、創設期から昭和40年代までは、海自部内でも名の知れたそうそうたるメンバーが執筆陣に名を連ねており、特に私が師と仰ぐ方々のものは大変貴重なものがあります。 また、その他の執筆者のものでも、これまで一般には公表されたことのない内容・記事が多く含まれています。

 この様なものの編纂・刊行は、お役所たる海上自衛隊そのものに期待することは不可能でもあり、まさに本来あるべき水交会の姿としての面目躍如たるところと言えます。

 さて、ここからが “桜と錨の気ままなブログ” らしい少々辛口な批評です。

 この回想録は大変に素晴らしく、また唯一無二のものであることから、その価値については高く評価することができます。 これは事実です。

 しかしながら、それを踏まえてあえて申し上げると、残念ながら本書もこの種の回想録にありがちな共通する欠点を持っていることもまた事実です。

 第1は、全600頁とは言いながら、盛り込むべき期間と項目も多いことから、執筆者がかなり多数となり、結果として総花的にならざるを得なくなったことと、そのために折角執筆された各原稿も全体のバランスなどからかなり短縮されたものがあると言うことです。

 個人的にはあまり総花的にならずに、もう少し射撃術科の歴史として残すべき重点と執筆者の絞り込みをしても良かったのではないかと思います。

 第2は、これも致し方ないことではありますが、個人の記憶と感覚による部分がかなりあり、また秘密事項に触れそうな所、そして海自・個人にとって都合の悪いことは書かれていないということです。 執筆者各自が苦労をしたことは確かでしょうが、それだけではなかったでしょう、もっと言いたいこと書き残したいことがあるでしょう、と。

 それに、執筆者自身が既に関係資料を処分してしまっていたり、元々から残していなかったりするケースもあり、本回想録を何かの根拠とする場合には、事実関係の再確認が必要となる場合があります。 要するにそれぞれの項目について、この回想録に記載されていることが事実の全てではない、ということです。

 そしてこれに関連して、巻末にある年表はあまりにもラフ過ぎて、あまり参考にはなりません。 折角のものですから、色々な事情があるにせよ、なぜもう少し作り込んだものにならなかったのかと。

 第3は、第2に関連しますが、今日に至っても未だに秘密 (と海自や水交会が考えている) に関する事項・内容が抜けています。 特に創設期〜昭和30年代のことなどは、一般的な感覚からすれば軍事的にはとうの昔に秘密でもなんでもないことがほとんどであるにも関わらず、です。

 第4は、射撃術科とはいいながら、これが関係する海上自衛隊の作戦や兵力整備・運用などについては全くと言っていいほどありませんで、狭い範囲に限定しています。 今のところ海自の、特に水上部隊の、用兵や兵力整備に関する巻が予定されているとは聞いていませんので、こういう重要な事項に関連する部分をどう後世に残すのか、が気になるところです。

 例えば、毎年実施されてきた海上自衛隊演習など、海自がどの様な作戦・戦術様相を考えてきたのか、特に射撃術科については対水上戦や対空戦等についてです。 したがって、射撃やその訓練のやり方などの変遷については、肝心なことはほとんどありません。 各項目の回想を繋ぎ合わせていくと、判る人には少しは判る程度です。

 第5は、今でなければと言いながら、創設期から昭和30年代のことについては決定的に少ないです。 PFや 「あさひ」 「はつひ」、「ありあけ」 「ゆうぐれ」 など今残さなければ永久に判らなくなるものが多数あるはずです。 その意味では、本回想録は遅きに失したのかも知れません。

 第6は、当然のことながら海自全体の射撃術科の流れが判らないため、各回想を読んでも当時のことを知らない人にとっては理解しにくいところが多いということです。 個人の回想は元々全体から見れば断片的ですから、個人の苦労はともかくとして、海自全体としての 「苦労の軌跡」 が見えてきません。 このことが、次の最大の問題点に繋がります。

 さて、その最大の問題点です。 それは、本回想録の “本紙” とも言うべき 「射撃術科史」 はどうなるのか? ということです。

 本来ならこれがなければ海自射撃術科の歴史も何もあったものではありません。 この 「術科史」 と 「回想録」 の2つが揃って始めて後世に伝えるべき海自の射撃についての記録になります。

 本回想録の観点で言うならば、この本紙たる 「術科史」 が無いために折角の個々の回想が理解しがたく、その為に貴重な内容が活かされない、ということです。 これは一般の人はもちろん、現在及び将来の海自隊員にとっても言えることです。

 その肝心な 「射撃術科史」 が何故作られないのか?

 今の防衛省・海上自衛隊を考えるなら、「術科史」 を海自自身で編纂することは不可能なことでしょう。 その余裕も能力もありませんし、何しろ、自分の足跡を自分で消しながら進む、とまでいわれるお役所の一つなのですから。

 それであるならば、当然のこととしてこの 「射撃術科史」 を編纂する責任はそれに携わってきたOB達の組織である (べきはずの) 水交会にあるはずです。

 しかしながら、水交会は現在のところこの回想録シリーズで手が一杯で、当面その予定は無いと聞いています。 では、一体誰が他にやれるのか?

 現実にこの水交会を動かしているのは、かつて金ベタを付けて肩で風を切っていた人達が主流のはずです。 彼らが動かずに誰が動くのか? 誰が後世に伝えるのか?

 組織の歴史を何らかのキチンとした形で残すのは、その組織とそれに携わってきた人の責任であると考えます。 ましてや、国民の税金で成り立ってきた組織が、その組織についての歴史を国民に明らかにしない、残さない、などは許されるものではない、と私なら思うのですが・・・・

 例えば、回想録の形式では出てこない、砲戦教範や艦砲射撃教範などの教範類、射撃に関する組織としての正規の研究組織である 「第1術科研究会」 (通称 「1術研」 )、毎年1年をかけて専門の研究を行う幹部専攻科学生の研究、海自演習を始めとする各種戦や訓練射撃、等々、これらの概要・変遷・経緯などは、一体誰が何時どの様な形で国民に説明し、後世に残すのか?

 旧海軍でさえ後世に伝えるために、秘密文書ではありますが作成してきたのに、です。

 これらの極々大凡のことは、昭和31年度を初版として以後毎年編纂されている 『射撃術科年報』 を纏めることだけでもほぼ可能なはずです。 既に廃止となった古い教範類や研究資料なども保存されているはずです。 海自演習はもちろん、派米訓練やリムパックなどの報告書も残されているはずです。 やる気にさえなれば、かなりのことが出来ると考えるのですが・・・・

 既に軍事的には陳腐化した何十年も前の事について、今更 「秘密事項」 だから、というのは “やりたくない” という言い訳の隠れ蓑にはならないと考えますね。

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 なお、本回想録を希望される方がおられましたら、水交会に連絡を入れてみてください。 定価2625円(税込)です。 まだ刊行されたばかりですから、十分に入手可能なはずです。

    連作先 : 東京都渋谷区神宮前1−5−3
            財団法人 水交会
            電話 03−3403−1491 (代)
            HP http://suikoukai-jp.com/
posted by 桜と錨 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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