2010年04月19日

大連訪問記 (3)− 旅順・203高地

 これが出てこなければ 『桜と錨の気ままなブログ』 になりません (^_^)

 中国側との会議などの合間にちょっとだけ時間が出来ましたので、参加企業の方々からも強い要望があり、旅順の203高地を見に行くことにしました。

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( 旅順港との位置関係   元画像 : Google Earth より )

 残念だったのは、片道1時間をかけて車で大連から往復したものの、その日の後の時間の都合で現地での時間はたった30分ほどしか取れず、203高地だけしか見ることができなかったことです。

 既に皆さんご存じのとおり、今までほとんど外国人を受け入れなかった軍港都市旅順も、昨年秋には全面開放となったと聞いていましたので、旅順市街をあちこち見てみたかったのですが・・・・

 ただし、同行者の一人が途中トイレに行きたくなったことから旅順駅前で5分ほど一時停車しました。 旅順駅の写真も撮りましたが、駅舎の目の前が警察署。

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 この警察署から港方向に向かって旅順駅舎の写真を撮りましたが、別に何も言われませんでした。 このことからも、旅順市内の全面解禁は事実かもしれません。

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 軍港施設に沿った道を進みますので、左手奥には岸壁に停泊中の艦艇もチラチラみえます。 ただし小さな古い艦が多かったですが (^_^;

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( 左 : 有名な 「勝利の塔」 も見えます      右 : 軍港ゲートの一つ )

 市内の道は大変に綺麗に清掃されていますが、途中からはここも再開発で建築ラッシュ。 工事の車が沢山走っています。

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 さて、203高地です。

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( 現在の203高地一帯の状況   元画像 : Google Earth より )

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( 旅順側から見上げた203高地、こんな小山だったんですねぇ )

 203高地への一般の車は、途中にある駐車場までしか入れません。 その後は歩いて登るか、一人100元 (約1500円) を払って観光用の専用マイクロバスで行くかです。

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( 203高地の駐車場    左の道が山頂までの歩道、徒歩だと約15分だそうです )

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( 駐車場にある比較的新しい案内の看板 )

 100元という中国の物価からしてべらぼうに高い料金には驚きましたが、車で行く道の途中には乃木将軍の次男の戦死場所の碑があるとのことで、結局皆で車にしました。

 「乃木保典君戦死之所」 という碑は、林道から少し下に入ったところにありました。 上段の碑は当時のもののようですが、下段は新しいもの? ともかく、今日までよく壊されずに残されていたものです。

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 慰霊塔周辺は公園として綺麗に整備されていますが、早くも日本人をターゲットにした土産物屋も並んでいます (^_^;

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 その203高地から見た旅順港です。 まさに明治37年12月に日本軍が見た眺めがこれです。

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( 軍令部編 『明治37、8年海戦史』 より )

 余談ですが、日本軍が最終的にこの203高地を占領したのは明治37年12月5日ということになっていますが、その前のまだ取ったり取られたりしている最中の同月2日、第三軍に派遣中の中川海軍少尉がここに登りました。 それを同じく派遣中の岩村参謀が同日午後9時に次のように東郷長官に電報で報告します。

 「 中川少尉二〇三南西高地に行き目撃せし処に拠れば同高地は予期せし通り旅順口港内全部残らず瞰制することを得 」

 直接視認した中川少尉も、伝える岩村参謀も、そしてこれを聞いた東郷長官以下の連合艦隊諸氏も、その喜びは如何ばかりかと。 ある意味、日本海海戦における旧海軍の勝利はこの時に決まったともいえる瞬間です。

 黄金山や老虎尾半島の砲台跡も見えます。 ただし200ミリのレンズではこれが限界 (^_^;

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( 左 : 黄金山砲台と信号所        右 : 老虎尾半島鶏冠山砲台 )

 そしてこんなものも (^_^)

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( 老虎尾半島側にある潜水艦基地 )

 また、旅順港とは反対側を見渡しますと、付近の要地に建てられた記念碑なども遠望できます。 マイクロバスの運転手さんが写真を撮りまくっていた私に、「この方向、こっちの方向」 と指差しで教えてくれました。

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( 左 : 高崎山         右 : 椅子山 )

 陸軍の重砲観測所跡は全くの公園化されており、当時を思わせるものは全くありませんが、近くにはロシア軍の塹壕跡などが一部残されています。

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( 左 : 置かれている28糎榴弾砲はレプリカ     右 : 露軍塹壕跡 )

 重砲観測所跡の手前に3階建てで全面ガラス張りの建物があります。 何のためのものか不明ですが、現在では全く使われていないようです。 近い内に観光用の展望塔に改装されるかも?

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 この建物の位置には、本来もう一つの記念碑が有ったはずなんですが・・・・

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( 古い絵葉書より )

 見学を終わってマイクロバスに戻ろうとした時、バスの運転手さんが 「ちょっと待ってて」 と言って脇の林の中に入って行きました。

 そして暫くして戻ってくると、「これ日本軍の砲弾の破片、記念にどうぞ」 と言って私に差し出しました。 本物かどうかの真偽はともかく、その好意に謝謝!

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( 本物かはともかく、203高地訪問の記念として )

 それにしても、旅順はキチンとしたツアーを組んでもう一度行ってみたいですねぇ〜、観光地化して荒れてしまう前に。
(続く)
posted by 桜と錨 at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 大連訪問記(完)
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