2010年04月03日

「飛翔雲」 第5章 航空事故 −その1

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第1話 基本的事故 (1)

   その1

 初歩練習機 (三式陸上練習機、130馬力、全備重量865瓩、全速85ノット、巡航45ノット、失速28ノット、座席 tandem 2席)の単独を許可されてから2、3週間目の頃であったから、昭和11年3月上旬頃だ。

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( 三式陸上初歩練習機 )

 その日、霞浦航空隊阿見原は雲もなく、西の地平線上には白雪の富士山が見え、北方には紫紺の古木に覆われた筑波山が稜線を見せていた。 春とは言え、空っ風はまだ冷たかったが、単独飛行の嬉しさで身も心も燃えるように暖かであった。

 午前8時、5回の離着陸を命ぜられて列線を出発し、南西に向かって離陸すると、巨大な格納庫が直ぐ右に聳えている。 この格納庫は、第一次世界大戦の戦利品としてドイツから押収したもので、大正11年(1922年)9月、ドイツのユーデンドルフからの移設に着工し、翌年4月に完成した飛行船格納庫である。

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( 原著より  ツェッペリン格納庫 )

 建坪4756坪、縦132間、巾36間、高さ21間、入口の2枚の扉の面積は一枚300坪で30馬力のモーターで開閉、建物の総重量は鉄材だけで3万噸、東京駅が二つ入ってまだ余裕があると言われたしろものであった。

 昭和初期、世界一周中のドイツの巨大な飛行船ツェッペリン伯号が日本を訪れた時これを収容したので、ツェッペリン格納庫と呼んでいた。 この巨大な格納庫が飛行場の南東隅に鎮座していたので、南東の風が吹く時は阿見原の気流が乱れた。
 この日も気流が悪かった。 2回の離着陸が順調に済んで、3回目のグライドパスに入った時だ、飛行機が大きく横に流されるので、危険を感じて go around、場周を回って第3コース (Down wind leg のこと) に入ってから地上指揮所を見ると 「全機至急着陸せよ」 という信号 (三角形のファン) が吹き流しの下に出されていた。

 風が南東に回ったからのようであった。 前後を見ると私以外に飛んでいる飛行機はいない。 どうやら、私だけが悠々と飛んでいるらしい。

 4回目のグライドパスに入った時、横風は益々強く飛行機は蟹の横這いのようになったので、止むを得ず飛行機を風に正向させると、大格納庫が目前に見えたのでまたやり直した。

 その時ふと、館山で颱風の余波を正横に受けて飛行機を30度以上滑らせながら着陸した教官の話を想い出した。 私はその技術を身に付けているわけではなかったが、それを真似てみようと思った。

 そして、飛行場のエンドの一点が真直ぐに私に向かってくるように飛行機を右に傾けると機首を右に振りそうになったので、左足を踏んだ。 結果的に横滑りのグライドになったわけで、随分危なっかしい格好であったと思うが、とにかくそれで無事着陸した。

 地上指揮官に報告すると、見張不良と言われ、大変叱られ、罰金50銭 (当時浅草で、鮪の上寿司が50銭) を徴収された。

 この事件 (?) について考えてみよう。

 この練習機の着陸速力は30ノットであるから、10米の向かい風では接地時の対地速力は10ノットであって、人間の走る速さより遅い。

 だから大格納庫に激突しても怪我をすることはない。 思い切って大格納庫に向かってグライドしても支障はなかった。 しかしこれに衝突することはあまりにも珍妙である。

 また、所定の着陸位置たる吹き流しの正横、格納庫の南100米附近に着陸するのでなければ、風に正向して着陸できる場所は阿見原の内のどこにでもあった。

 ところが、飛行場の片隅にそっと安全に降りることなど、パイロットとして恥ずかしいと思った。 だから、3回もやり直して未経験の着陸法をやったのであった。

 これは、危険であっても命ぜられた位置に着陸することが、パイロットの誇りであると考えていたということと、地上の信号を意識しなかったことについては、見張なんか誰にでもできることであってパイロットの本質とは関係はないと思っていたということだ。

 つまり、パイロットの意地と見栄が安全性を無視していたということと、見張能力というものが人間の本質の中のどういう要素と結びつくものかということに考えが及んでいなかったということであり、二つとも重大なことでありながら、それに気がつかなかったから罰金を取られたのであった。

 しかし私は、何故叱られて罰金受取られたのかこの時は解らなかったし、恥とも思わなかった。 今の若者もそういう傾向があるのではなかろうか?
(続く)

(注) : 原著では本章の冒頭に航空事故に関連した内容のものが含まれています。 これはこれで貴重なものですが、一般の方向けではありませんし、著者の大戦中の回想録そのものとしては直接関係しませんので、本ブログでは省略させていただきます。

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