2010年03月21日

「距離通報器」 について (1)

 日露戦争当時の射撃指揮や射法といったことに入る前に、当時の射撃指揮要具がどのようなものであったかについてご説明しておきましょう。

 これによって、今日のような射撃指揮装置などがまだ存在しなかった時代において、どの様な射撃指揮や射法が可能であったかが判るからです。

 最初は 「距離通報器」 について。

 例によってまず 『別宮暖朗本』 の記述から引用します。

 日露戦争のころ、砲術における三種の神器とされたのは、照準望遠鏡、測距儀、トランスミッターの三つで、このうち照準望遠鏡はあまり重要ではない。 (p74) (p77) 

 照準望遠鏡 (照準器) と測距儀の重要性については既にご説明してきたところですので、これに関連する同書の記述は総て全くの誤りであることはご理解いただいていると思います。

 それでは、残る 「トランスミッター」 とは何なんでしょう?

 英語の transmitter のこととすると、それならば日本語にすると「伝達装置」という意味も無いわけではありませんが、一般的には 「発信器」 又は 「送信機」 と訳されます。 では 「受信器」 は無いのか、というツッコミはともかくとして、これでは何のことか全く不明です。

 この著者の言うトランスミッターなるものについては、旧海軍には 「通報器」 と言うちゃんとした用語が日露戦争当時から存在します。 わざわざトランスミッターなどと書かなくても、例えばこの著者が主要参考文献の一つとしてあげている 「三笠」 の戦時日誌を纏めた 『戦艦三笠すべての動き』 (エムティ出版、平成7年) の中でも度々出てきます。

( 『別宮暖朗本』 を読むと、もしかするとこの著者の言うトランスミッターと旧海軍の言う通報器とが同じものであると言うことがこの著者には判っていないのでは? とも思わされます。)

 当時この通報器には 「距離通報器」 と 「号令通報器」 の2つがありました。 またこの両者を合わせて 「距離号令通報器」 と呼ぶ場合もあります。

 それではこれはどの様なものなのでしょうか。 これについては、『別宮暖朗本』 ではプリボイの著書を引用して次の様に書かれています。

 戦艦アリヨールの乗組員プリボイが、この機械 (文字盤)、バーアンドシュトラウト社のトランスミッターについて語っている。
 「われわれの軍艦では、砲術長が砲火指揮所から文字盤によって砲手を指揮するよう訓練していた。 こういう文字盤は、各砲塔、砲台、砲甲板の遮蔽砲 (ケースメートに格納された砲のことか) にも備え付けてあった。 その文字盤の各指針は、電流の力によって働き、打ち方始め、打ち方止め、目標割当、照尺距離 (苗頭と照尺のことか)、装填すべき砲弾の種類、などがこの文字盤の指針によって示されるのだ。」 (中略) (プリボイ 『バルチック艦隊の潰滅』 ) ( )内は付記。
 やり方自体は連合艦隊も変わらなかったものと推定される。 (p76) (p79) 

 「( ) 内は付記」 というその内容はともかく、

 「通報器」 というものについての、このプリボイの小説の記述は合っています。 即ち、発信側の文字盤上の指針の動き・位置と同一のものが受信器側に表示されるものです。 それだけのもの、と言ってしまえば確かにそれだけのものです。

 残念ながらこの当時の旧海軍の通報器の写真や図面がありませんので、どの様な形状のものであったかは不明ですが、下に示す昭和10年当時の通報器とイメージ的には同じ様なものです。

Range_transmitter_02.jpg
( 海軍兵学校 「砲術教科書」 より )

 また、当時各艦に装備した通報器は、英国よりの輸入品、呉工廠にて作製したもの、そして工作艦 「関東丸」 が現地工作したものが混ざっており、これらのものは形状も含めて同一かどうか不明です。

 そして旧海軍の装備した距離通報器は、当初のものは距離の目盛が100m単位で5000mまでしかありませんでした。 そこで 「三笠」 では独自に (恐らく 「関東丸」 の協力を得て) この目盛板を改造し100m単位で9000mまでにした上で、明治37年9月に黄海海戦の戦訓としてこれを正式採用するよう意見書を出しました。

 また、同じく号令通報器についても、独自に改造の上、正式に号令数を増やすように所見を出しました。

Range
( 当初装備時の発信器盤面 )

Range
( 「三笠」 改造の発信器盤面 )

 ところが、当時の発信器側は距離発信器と号令発信器とが一つのものとなっているため、文字の表示数 (目盛の数) を増やすことによって、当然のことながら表示の一つ一つの幅と大きさが小さくなってしまい不便なものとなりましたので、同時に発信器側も受信器と同じように距離発信器と号令発信器を別々のものとするように意見を出しています。

Range_reciever_02_s.jpg   Order_reciever_02_s.jpg
( 左 : 「三笠」 改造距離通報器受信器盤面  右 : 同号令通報器受信器盤面 )

 また、併せて 「苗頭通報器」 も次のようなものの装備が必要であるとしています。 しかし、「三笠」において日本海海戦までにこの苗頭通報器を装備したのか、装備したとするとどのようなものであったのか、は不明です。

Def_transmitter_01_s.jpg
( 「三笠」提案の苗頭通報器盤面 )

 加えて、ここで示される数値は後の時代のような角度表示ではなくて、ノット (速度) 表示であることに注意が必要です。 ( この苗頭の表し方については射撃指揮に関することになりますので、また後で項を改めてご説明する予定です。)

 問題なのは、 『別宮暖朗本』 の著者が折角プリボイの著述を引用しているにも関わらず、この通報器がどの様に使われるものなのか、どの様にしか使えないものなのか、を全く知らない、理解していないことです。
(この項続く)

(注) : 本項で引用した各史料は、特記するもの以外は、総て防衛研究所図書館史料室が保有・保管するものからです。

posted by 桜と錨 at 16:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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