著 : 高橋 定 (海兵61期)
第2話 パイロット気質 (かたぎ) (5)
その3 言い訳をするな (承前)
私の少年時代は大正末期であるが、この時代に育った少年に対する家庭や社会の躾の第一は、正直と勇気ということであった。
道徳律一般については、徳川時代の封建社会の名残りと、教育勅語の徳目によって社会秩序が維持されていた時代だから、孝・友・信・譲が少年を直接規制する徳目であったと思うが、私が覚えているのは、父母や先生の教えを正直に守ってウソさえ言わなければ、親父であろうと先生であろうと、叱られることはないということであった。 これについては次のような記憶がある。
私の母校は愛媛県松山中学であるが、中学一年生の頃、昼休み時間に上級生から五銭玉を握らされて、
「お前は勇気がある。 バット (7銭) を買って来い。」
と言われたので、校門の小さい穴をくぐって煙草屋に走った。 ところが、煙草屋の店先で運悪く先生に見つかって、
「誰に頼まれたか?」
と強く追求された。 しかし、先生に見つかっても名前を言うなと上級生から言われていたし、上級生の名前を知っているのに知らないと言うのはウソになるし、どう答えていいか解らなかったので、先生の顔を見ながら黙っていた。
先生は、私が頑強に沈黙を守っているのは、五年生の私の兄貴が元兇だからだと思ったらしく、私を釈放してくれたが、この場合、私はウソを言うより沈黙を守った方がよいなどと、小ずるく卑怯な計算をしていたのではなかった。 少年にそのような知恵を回させる程、この時代の日本の文化はいびつではなかったのだ。
これが、言い訳をしなかった体験の一つであったが、「雀百まで踊りを忘れぬ」 といういろはかるたのとおりで、海軍の社会に住みながら、少年時代の躾が復活したようであった。 そして、江田島時代の躾とコンバインして、
「自己弁護するな。 そのために自分の行為を悪くとられても、自ら正しければそれでよい。 しかし、同時に他人の非を追求するな。 人には人の考えがある。 それには沈黙が第一だ。」
ということになった。 ところが、この 「沈黙」 ということは全くの癖者で、反省しているのかしていないのか、自分が正しいと思っているのかいないのか、他人は勿論、自分自身も解らなくなることがある。

( 原著より 青年時代の筆者 )
そして、少尉の2年目に海軍の艦船社会から航空界に入ると、航空界の 「言い訳をするな」 の意味は、船乗りの場合とは大分違っていることが解った。
その第一は、航空機は一匹狼的行動が多く、側で誰も見ていないから、自分の行為の結果を上司同僚に説明する義務が艦艇の場合よりはっきりしていることであった。
その第二は、科学そのものの世界には、言い訳ということはあり得ないが、飛行機の場合は、艦艇と較べて科学性が高いので、「言い訳」 と 「正当な主張」 の区別がはっきりしていることだった。
つまり、沈黙の価値は低下し、「言い訳をするな」 と客観的に言える場面が限定された代りに、「言い訳をする」 ということの悪徳性が強くなっていったのであった。 その経過を、艦船と航空に亘って述べてみよう。
(続く)